第1話 別世界でも塾講師を目指す
「ハァ……なんか、どっと疲れた気分だわ」
現在、
「まさかここが俺の居た世界と違うだなんて……今でも信じられん」
そう、それは1ヶ月前のこと。
痴話喧嘩に巻き込まれ、刺されてしまった秀介は病院で目が覚めた。腹部の刺し傷はそこまで大きなものでなかったようで、暫く安静にしてれば早めに退院出来るとのこと。病院の院長とは軽いカウンセリングなんかも行った。一患者のためにわざわざ院長が来るとは、なんて少し驚いたりもした。
だが秀介はこの病院におかしな違和感を感じていた。やけにデカい病室に快適な設備。あまりに多すぎる女性看護師の数。なんだよ、常時5人体制て。俺はド偉い社長さんか何かか。
至れり尽くせりのケアに加え、まるで割れ物でも扱うかのような丁寧過ぎる対応に秀介は辟易としていた。
そして極め付けは女性看護師の態度。まるで男を知らないかのような
入院中は傷の関係で入浴が出来なかった。従って、濡れタオルで身体を拭かれるのだが、初めて女性看護師の目の前で上半身裸になった時、頭上から鼻血の雨が降ったことは今でも忘れない。軽くホラー。
何なんだこの病院は、なんて思いながら1週間ほど経った。
だが、1週間も過ごしてれば病院関係者の話やテレビニュースなど色々情報は入ってくる。
だから必然と知ってしまったのだ。
この世界で男は稀ということを。
*
秀介はボーッとリビングでテレビを観ていた。
『女性の人口に比べ、男性はその1/30を下回ったと政府は発表しており──』
男少女多。
それがこの世界の常識らしい。
男が稀だなんて、いまいちピンと来ない。
だが病院の対応や院長の反応を見るに、実感せざる終えない。現に入院費は国から負担された。
ちなみに、ここのマンションの一室は警察の方から居住を勧められた。と言うのも、秀介の怪我からみて極めて事件性が高いとのことで、病院側が警察に連絡したのだ。
病室には女性警官が2名やってきて、その事情聴取の際、秀介自身の住所を伝える場面があったのだが、どうやらその住所に以前住んでいたアパートは存在していなかったとのこと。
警察側も少し困った様子だったのだが、諸々手続きはこちらで行いますので、と言い男性専用のおすすめマンションを提案されたところで話は終わった。
何か困ったことがあったら連絡ください、とメモ用紙を渡されたのだが、そこには携帯番号、名前、年齢、誕生日、趣味などプロフィール帳のように細々とした情報が溢れていた。それを見た女性看護師たちも、これみよがしと次々に秀介に連絡先やら、まるでいらない情報を渡してくる。
Why?いつからここは婚活会場となったのだろうか。
とりあえず丁重に断った。
そんなこんなで今に至る。
「とはいえ、ずっと家に居るのもなぁ」
この世界の男は基本、働かない。というか、働く必要性がない。男というだけで、満足に生活できるほどの給付金が国から支給されるからだ。それほど男は国に優遇される。しかし、中には社会経験として男でも稀に働いている人もいるらしい。
とはいえ、
「やっぱ自分にはこれしかないな」
──30分後。
「なんでどこも取り合ってくれねーんだよ!」
思わず受話器を叩きつけてしまった。
秀介は憤りを押されられなかった。何せ、毎回電話先がまともに取り合ってくれないのだ。
例えば、こんな感じに
『お電話ありがとうございます。○○塾でございます』
『あ、もしもし。私、高山という者なのですが……』
『へ……、あ!は、はは、はいッ!何用でございましゅでしょうか!?』
『そちらの塾講師の募集をホームページで拝見したのですが、面接は可能でしょうか?』
『はひッ!?や、あの……その、ご!ごめんなさい!』
ガチャ……ツー、ツー、ツー。
さっきからどこに電話しても似たような調子だ。
せめて会話して。
あと落ち着いて。
「う〜む。どうしよう……」
このままでは拉致が空かない。
どうしたものかと、ベランダに出てポケットからタバコを取り出し煙を吸う。
病み上がりだが久々のタバコはうまかった。
「……ん?」
秀介はふと気がついた。
「世界は違えど、街並みは変わってないんだな」
所々建物は違ったりするものの、道路や街の通りは前の世界とさほど違いがないことに驚いた。
もしかしたら……。
秀介は急いで部屋を後にした。
*
「あった」
秀介は今、とある塾の前にいる。
この世界が前の世界とほとんど同じ街並みということで、秀介が以前務めていた塾が近所であることに気がついたのだ。
しかし──。
「……安井塾?」
その塾名は秀介の知っている名前ではなかった。立地は同じだが、前の職場ではなかったのだ。
「まあそれもそうだよな。でも」
やっと目の前に自分の職場(ではないが)があるんだ。ここでモノにしなければ。
そう意気込み、扉を開けようと手をかけた瞬間──。
「誰だアンタ」
声の方を見る。
そこにはパンツスーツ姿の女性がいた。髪は金髪で緩いウェーブのかかったショートヘア。目つきは鋭く、ヤンキーのような風貌。見た感じは30代前半くらいだろうか。
ていうか、威圧感が半端ない。
「そこ、アタシの職場なんだが」
「……!あ、あの!」
職員がいるなら丁度いい。秀介は働きたいという旨を伝えた。
「自分、高山って言います。ここで働かせてもらえませんか?」
ヤンキー風の女性は面食らった、といったようにパチクリと瞬きをした。
しかし、直ぐさま秀介を睨みつけこう言った。
「却下」
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