第2話 ①-② 心臓を食べたい
「びっくりした顔、してた」
そう言って彼女、白金美樹は笑った。「女子的に、ハツって言いづらくって」
「確かに、白金さんのイメージとは違うかな。
初めて食事に誘われて、それが焼肉屋でハツを食べたいなんて、ちょっと驚いた」
応える僕に、彼女は少し困ったような顔をした。
「やっぱり言われた。でもこれが事実なんです。
あ、私の事は美樹って呼んで。私もカズくんって呼ぶから」
そう言いながら、美樹は熱された金網に切り身の肉を並べていく。ジュウジュウと音を立てて焼けていく肉を見つめる美樹の顔は、熱気に当てられたか、少し紅潮していた。
「でもまあ、焼肉嫌いな人って、あまりいないよね」
「そうよ。あまり言われると、こっちも困っちゃうわ」
まあそうだよな。会社の飲み会でも、焼肉屋使う事なんてよくあるし、そこに女子がいないなんて事はない。
まして、彼女は僕と同じ薄給の工員だったんだ。考えてみりゃ、そんなもんか。
「いただきます」
そう言うと、美樹は頃合いよく焼けた肉を箸で摘まんだ。たれの入った小皿に潜らせ、そして小さな唇に、赤黒いハツが飲み込まれていく。
数度咀嚼して飲み込んだ後、脂で光る唇を、ちろりと舌で舐めた。
僕はその一連の様子に見惚れ、そしてそんな自分が急に恥ずかしくなった。
慌てて箸を取る。
「いただきます」
そう言って、僕も肉を口の中に放り込む。
弾力のある歯ごたえがあって、噛むと強い肉の味がする。
肉自体の脂の少ない部位だから、あっさりしている分、ダイレクトに肉の味が伝わってくる。
美味しい。心臓の味は、美味い。
今まで意識した事なかったけど、ちゃんと味わうと、美味さって分かるものなんだな。
「おいしいね」
笑顔で咀嚼する美樹に、今度は目が離せない。
何かに驚いたかのように僕の心臓は飛び上がり、跳ね回り、知らず早鐘を突いていた。
頬が、熱い。
僕は慌ててビールジョッキを掴むと、火照りよ冷めよと、麦色の液体をゴクゴクと流し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます