75話 穢れを払え、我が剣技の研鑽を見よ!

 今の力ではファディを倒すには圧倒的に不足している。ユリは自らのうちにある聖霊の力を、あらん限りに振り絞り、そして彼女は刀の切っ先をファディに向け直した。

 ユリの目線の先で、ファディは地上に降り立ち、彼女に諭すように語りかける。


「カジハのお嬢さん。人は人間の道具であり、人間のみが人を利用できる存在なのです。力無き者は、強者に寄り添いその身と一体になるべき素材。そうやって人類は連綿と続く長き歴史の中で成長してきたのです。人を道具とし、素材とするが故に人間なのですよ」

「黙れ! 吐き気がする。お前はカジハの者たちを輪廻に還すことなくその血を啜り、魂を貶めた。あの温かな人たちを事とも無げに殺し尽くしたのだ。私は決して許すことはないっ!」

「素晴らしい! 素晴らしいです。己の管見な感情の炎に身を委ねる。その人間の高鳴る感情こそが私にはとても愛しい。それは、人をとても良き素材に作り変えてくれるのだから。さあ、お嬢さん。私と共に人類の礎となりましょう」

「ふざけるな! 気色が悪い。ファディ、お前はここで私が終わらせてやるっ」


 ユリの激情がファディに喜びを与えていく。人はその激情によって己を鍛え上げ、さらなる次元に自らの存在を昇華させていくのだ。その人間の美しさに、ファディは両手で顔を覆い全身を貫く感激に震えていた。

 ユリの連撃がファディの体を切り刻む。彼は剣戟の全てを全身で受け止め、満足そうに恍惚する。


「ああ、やはり修久利の技は良い。人間の全てを引き出し、そして力によって打ち砕く。まさに力そのものです。お嬢さん、よくぞ修久利をここまで練り上げましたね。邪霊の糧に墜ちてしまう貴方を救いましょう」


 肉片までに細切れされたファディが黒魔術によって完全に元の姿に戻っていく。彼は滑るようにユリに迫ると、そのままの勢いで拳を打ち込みユリの腹部を吹き飛ばした。その圧倒的なまで破壊の力を纏った正拳が、彼女を遥か後方にまで―――ペルンとノインがいる地面にユリを叩きつける。


「貴方の魂は崇忌すいきの封印鍵に変質されてしまっている。忌まわしき邪霊によって、美しき魂が穢されているのです。だが、人間である貴方ならば、自らの意思でその頚木くびきを打ち破ることが出来るでしょう。それこそが人間の力に他ならないのですから」


 ユリの下腹部には大穴が穿たれ、血が止めどなく溢れる。


「ユリッ! 早く止血しねえとなんねえ。ノイン、回復魔動器だ!」


 ペルンは血の噴き出すユリの下腹部を両手で必至に押さえて、これ以上血が失われてしまわないように、彼女の命が失われてしまわないように懸命に抑え込む。


「ペルン、大丈夫です」ユリは自らに聖霊魔術を行使して傷口を塞いでいく。が、完全には治癒できずに血が滲んでしまう。それを見たペルンが飛空艇『舟羽』の遠隔操作装置を間髪入れずに起動させた。「ユリ! 絶対に死なせねえべっ!」ペルンは起動させた操作装置をノインに手渡して言う。


「ノイン、おめえにこれを預ける。そして、最短で自由都市エーベに戻るぞ! 俺たちでは完全な回復魔法は使えねえ。だから、急いでリヴィアに頼みに行かねえとならねえべ」


 語気を強めてペルンはノインに自由都市エーベの帰還を強く伝える。素材採取などと呑気なことは言ってられない。なにせ、相手は黒魔術師『災呪の穢れ』なのだ。ペルンも、遥かな昔にココと共に『災呪の穢れ』から逃れるためにどれほどの辛酸をなめたことか。

 動きが緩慢になったユリたちに、群れを成す黒魔術師たちが魔術を雨弾のごとくに打ち下ろしていく。


「天無辺・散成かえつ


 ペルンの修久利の技が、黒魔術を薙ぎ払っていくが全てを打ち払うことはできない。洩れた魔術が彼らの身に差し迫った寸前に、ユリが身を滑り込ませて、自分の体を盾にする。「大丈夫です。ペルンさん、ノイン様……必ず私が守りますから」黒魔術の熱量で肌が焼かれただれていくユリは、それでも体の損壊を気にすることなくペルンに微笑む。貴方は大丈夫です、と。

 そして、彼女は身を翻して黒魔術を睨み、修久利の剣技と同時に聖霊魔法の自在式を編む。


「六律が系譜の祖、原典のさだめに我ユリが要請す。聖霊魔法・領域制御式『獅子摩ハリヴァルマン


 聖霊魔法が修久利の剣技と混じり合わさり、黒魔術師ファディに向かって放たれた。その直線状に走る魔術剣技を防ごうと、ファディ配下の黒魔術師たちが防壁の黒魔術を編む。が、その圧倒的なまでの力の前に容易く防壁は砕かれ配下の黒魔術師たちが死滅していく。


 ファディはその剣技をみつめ、静かに光を纏った。


 光の衣がファディを包み込み、ユリが放った魔術剣技を打ち消す。ユリが放つ修久利も聖霊魔法も、その悉くがファディを砕くには至らなかった。


 ノインはその戦いの閃光を頭上に受けながら、自分の足元に設置した飛空艇の遠隔装置が正常に起動しているのを確認する。激しく揺れる空と地表の間で、装置は単調なまでに青色の明滅を繰り返している。

 飛空艇はもうすぐ着くだろう。しかし、飛空艇『舟羽』の速度では自由都市エーベに辿り着くまでは数日を要してしまう。それでは黒魔術師を振り切れるかどうかさえ怪しい、いや、その速度では遅すぎるのだ。だから、ノインは最短で帰還する方法を探す。数秒ほどの沈黙の後、彼は自分の手をじっと見つめ、それから義手の手に連樹子の塊を作り出した。その塊を浮島の空に向けて力いっぱい射出する。連樹子はすべてを滅失させる。そうであるなら、エーベまでの距離を滅失させることも可能なはずだ。連樹子の生成によってノインの義手は滅失してしまったが、その連樹子の弾頭は、ノインの意図を現実とするために天空を目指して打ち上っていく。


 その塊は天空を登りながら、空間に樹枝を伸ばし、その天異界の空間それ自体を喰らい続けていた。


 黒魔術師たちもその禍々しい連樹子の存在に目を奪われてしまっていた。彼ら黒魔術師は何事かを呟いているようだったが、ついに連樹子が稼働してしまう。その瞬間に空間に大激震が走り、黒魔術たち浮遊の黒魔術をも飲み込んで、黒魔術師たちを次々と地に叩き落としていった。


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