76話 悪霊は天を砕き、滅失を呼ぶ。

 連樹子を放ったノインのもとに、黒魔術たちが落ちてくる。全身を叩きつけられて地面に両手をつき立ち上がろうと藻掻く姿をノインは見下ろした。


「ユリさんを傷つけたこと、新たな生を持って償うほかありません。そして、今このときが貴方がたの新たな生の始まりなのです」


 ノインは彼らに近づいていく。傍から見たら戦場の熱に頭がいかれたのかと怒号が投げつけられるだろうが、ノインは感動に打ち震え、残った左手を黒魔術師の一人の頭蓋にあてた。


「そうです。私のように生まれ変われば世界が祝音に満ちていることを実感するでしょう!」


 連樹子を残った左腕に生成させ、そのまま樹枝を黒魔術師の脳に打ち込んだ。「さあ、生まれ変わる喜びを分かち合いましょう」そう言って、次々に黒魔術師の頭蓋に樹枝を突き刺して行き、その脳に祝音を奏でる。連樹子によって彼らは体を痙攣させ、口から泡ぶくを垂らし、目からは血を流す。ノインがその喜びの中で彼ら黒魔術師に深く一礼をとった。ノインが再び顔を上げたその視線の先には、生まれ変わった黒魔術師たちが虚ろな表情で立ち並んでいた。そんな彼らの姿を満足そうにノインは見渡すと、静かに両手を打ち鳴らす。


「おめでとうございます。貴方がたは私の様に新たな生を手に入れました。なんと歓喜に満ちたことなのでしょう!」


 ノインは彼らの頭に紅く突き刺さった連樹子を目を細めて眺める。そして、頭に芽吹いている連樹子の根を深く深く脳の隅々にまで、魂の深奥の領域にまでも行き渡らせた。ノインが喝采する中で、連樹子の虜となった彼らは体を痙攣させながら、頭上のファディに対して攻撃の牙を放つのだ。

 黒魔術師ファディはじっとその仔細を見ていた。そして理解する。彼は静かに目を見開きノインの存在を的確に捉えた。


「実存を喰らう紅い炎の樹枝。本源の減失なしに扱うお前は悪霊なのだな?」


 ファディがいる空。そのさらに天上では、天異界の空間が連樹子によって消失し、人工的な挟間である異空が口を開いていた。ノインたちのいる浮島がその異空に引っ張られるように風が巻いている。その狭間というべき闇が、全ての光を飲み込まんと空に巨大な渦を唸りを上げ始めたとき、浮島の岩山の方角から一隻の飛空艇が、エーテルの雲を白く光らせて向かってきていた。


「逃げるっス! 逃げるっス、逃げるっスよおおおお!」


 飛空艇『船羽』の船倉から伸びた手作り感満載なロープ。その垂れたロープの先で荷車魔動器が引っかかっている。その荷車に乱雑に背負われた木箱が危なっかしく揺れていた。その高く積まれた木箱こそ、ソラが緑星屑を採取したことの証だった。美少女ソラはその木箱の上で必至にロープを掴みながら叫んでいた。


「もうダメっス! もう、駄目っスよおお。うああああああああああああああッっ!!」


 ロープが軋む。空間の破壊によって生じたエーテルの嵐が、飛空艇と紐づけされている荷車魔動器を激しく揺らすのだから、その大きな揺れが生じる度に美少女の絶叫が高く響き渡るのだ。


「異空の先には自由都市エーベ。そこに行き着くために穿たれた大穴。悪霊よ、そうではありませんか?」


 そのエーベを見つめたままファディは、続ける。


「都市エーベに聖女の残滓を感じます。やはり聖女があることに間違いはなかったようです。しかし、六律が存しているとは‥‥‥聖女を再び砕きに来たのか、リヴィアタンよ」


 思考に沈むファディにペルンの剣技が真下から打ち上げられる。ファディはその剣技を拳でたたき、ペルンに黒魔術のカウンターを放った。


「人形が人間の技を使う……被造物である人形が造物主である人間に憧れるのは無理からぬことだ。しかし、人形では真なる修久利には決して辿り着けはしない。だが、被造物よ、嘆くことはない。そのたどたどしい剣技であっても、私は褒め讃えよう」


 ファディは、黒魔術の直撃を受けて地面を転がっていくペルンの姿から目を離し、その上空を見据えた。その線上にあるのは飛空艇。その姿が次第に大きくなっていく。ファディの頭上に穿たれた異空と飛空艇、ファディはその飛空艇を交互に見つめ、直下の悪霊を見下ろした。


「異空を走ることが可能な飛空艇か? いや、そのような船は存在不可能だ。そうか、悪霊の力を使うのだな。悪霊よ、貴様の力は聖女の力をも上回り、私では悪霊を滅失させることは不可能‥‥‥しかし、見逃しはしない。悪霊そのものを異空に閉じ込めれば良いだけです」


 ファディは眼下の地面に立っている片腕の少年―――悪霊を見据えた。悪霊の力を使って、この世界から異界に出向いてくれるのは好都合。異界に入った瞬間に黒魔術をもって飛空艇を粉々にしてしまえば異界を漂う藻屑となろう。そう得心した彼の背後から満身創痍のユリが躍り出て、ファディの体その全てを斬り刻まんと剣技を放つ。



「無道の乖離に示す

 泡沫の燈火

 羅列の階を昇りつめ

 闘気に織りなせ

 天無尽『桜燈羅示あとらじ』」



「カジハの娘よ。良い斬れ味です」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る