悲しみは血に沈む(現代に)

74話 災呪。すべては無意味か。(過去編終了、現代に)


 と、幾千もの漆黒の魔術陣から幾万もの光の刃が生み出され、その全てがユリに突き刺さっていく。


「天端・白桜華はくおうか」 


 二人の放った魔術と剣技がぶつかり地表が削れてしまった。その力の衝突によって浮島に群れていた黒針も黒母も跡形もなく消え散った。泥漿を燃やす黒魔術の炎が湿地帯の全域を燃え上がらせている。その光景がユリに嘗ての景色をまざまざと思い出させた。


 ファディとユリの魔術と剣術がぶつかり、衝撃波に転じて相殺されていく。

 ユリはその衝撃波を潜り抜け、間髪入れずにファディの首元を狙って刀を打ち下ろす。


「良きことです。良きことですが、如何せんたどたどしい。貴方の技は歴戦の修久利の技を扱う者共に比して著しく劣ってはいませんか? 貴方の手に握られているのは憤怒か、それとも嘆きか。お嬢さん、成長なさい。人間の純粋性こそが、人を成長させ、人間それ自体を獲得させるのですよ」


 数度の斬撃を、ファディは全て素手でいなす。その眼下では黒針の波がノインとペルンを覆っていた。ペルンの修久利によって放たれる剣技の光が黒針を蒸発させるが、すぐに黒い波が覆い尽くしまう。ノインもまた原始術法により周囲を焼くが、焼け石に水といった感で黒針の物量に圧倒されていた。


 ファディは目を細めてユリを射貫く。「なるほど、二重封印ですか。よく考えたものです」と独り言ちている彼の傍らに、数人の黒魔術師が現れた。


「カジハのお嬢さん。貴方と貴方の父上に感謝を。お嬢さんの魂は人類にさらなる喜びを与えるでしょう。そして崇忌の力は人間の価値を、存在を押し上げる両輪となる」


 恭しく一礼をユリに送るファディに対して、ユリはファディを撃ち滅ぼさんと、領域魔法の制御式を構築した。


「天意を示せ。領域魔法『アーカーシャ』」


 空を埋め尽くした自在式がファディに収束していき、ファディを消し去らんと空間ごと圧殺させていく。が、ファディが纏う白い法衣が光を放ち領域魔法を散り散りに打ち滅ぼした。


「人類は尊い。人間の歩みは留まることなく、あらゆる可能性の糸を紡いでいく。お嬢さん、よく聞きなさい。人は邪霊の力など凌駕するのです」

 ファディは浮島の空に立ち、眼下を見下ろす。


「聖術ノ福音『要に背きし陽光と黒』」


 手をかざして黒魔術の制御式を多重に展開し、ファディはその魔術によって構成された幾万本の黒の杭がユリがいる地上に降り注ぐ。罪に染め上がった陽光を罰するかのように突き刺さる杭は、大地を穿ち、溢れかえる黒針共々にあらゆる事物を殺戮していく。しかし、その魔の光が、ユリが渾身の力で放つ5彩色の闘気によって阻まれ、魔の光は失われるように霧散した。ファディはユリの、その深奥にいる聖霊を冷酷に見据えていた。


「邪霊よ、どこまで人間を蝕むというのか。人間の価値を、その魂までを穢し堕とすというのならば、私は邪霊とその魂の咎を打ち砕く鎚となることを望みます」


 ファディの見つめる先には、ユリの体に巣食いし邪霊・麒麟がいた。その邪霊こそがカジハの娘の魂の底に潜み、その美しき人間の娘を食い漁っている滅ぼすべき邪悪。その邪悪に惑わされた娘がファディに抗う。


「ふざけたことを喋るものだ、ファディ。これまでの間に、お前によって素材とされた幾億の無辜むこの民の嘆き、そして悲しみを知れ! そして何よりも我がカジハの血を啜ったお前を決して許しはしない!」


 ファディに言葉を吐く度に胸の内から怒りが湧き上がり、体が熱く震える。目の前にいる男は人間を素材とみなして、これまでにどれほどの血でその身を満たしてきたというのか。それを思うとお前を生かす理由は存在しない。


 ユリは刀を構え直し、呼吸を調える。それは彼女が有する修羅久利の最大剣技を放つため。構えと共にユリの気配が変化していくのを、ファディは楽しそうに目を細めて笑みをもらす。彼はユリの修久利に合わせるように漆黒の黒魔術・制御式を構築し始めた。

 ユリの足元から熱波が立ち昇る。浮島全体が鳴動し、天をも震わす力の猛り。


「無道の乖離に示す

 泡沫の燈火

 羅列の階を昇りつめ

 闘気に織りなせ

 天無尽『桜燈羅示あとらじ』」


 白刃一閃が浮島の地表から天までを切り裂くていく。空間を断裂させる刀斬が全てを飲み込み粉々に斬り砕いていくのだ。


 ファディは両手を前に広げて光の壁を作り出した。

 聖術ノ慈悲『神啼きの炎と白』


 その壁にユリの剣技が激突し轟音が衝撃波となって浮島を波打たせる。黒魔術師ファディの光壁は強靭であったが、しかしユリの渾身の一撃はその光の壁をも砕き、ファディの半身を滅ぼした。彼と共にいた黒魔術師も幾人かが剣技に呑まれて消えゆき、それでもなお衰えぬ修久利の絶技は地表に群を成していた黒針を粉々に一掃した。


「カジハの娘よ、邪霊にその身を犯されながらもよくぞここまで修久利しとめを練り上げました。人間の可能性に私の心は打ち震えています!」


 ファディは残った半身で滔々とうとうと語っている。最後に、彼は「聖術ノ恩寵『幻還げんかの螺旋を昇る闇と蒼』」と小さく呟いた。その言葉が漆黒の魔法陣となって、彼の体の欠損が全て元に巻き戻る。傷も、臓腑から吐き出された血潮も全てがファディの身元に収束していった。ファディの失われた半身は消滅以前の完全な姿を取り戻し、既にファディの目線はユリの姿など見つめておらず、その胸元のペンダントを誘う様に言う。


「さあ、崇忌すいきと成りしカジハ・サダナオよ。わが身の糧となり、修久利の御業を我が手に」


 ユリの修久利を掻き消すほどのファディの黒魔術。彼もまた永き時のなかでその強さをさらに増していたのだった。


 力が足りない!


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