72話 火の粉に舞うは、子らの夢。

 喉が塞がる。言葉が出ない。呼吸ができない。倒れているのか立っているのかも分からない。胸が熱い、体が震える。絶叫が胸の奥から震えと共に吐き出される。


「絶対に許さぬっっ!!」


 ユリは5彩色の闘気が彼女の体を焦がす。それほどまでに力を顕現させたユリの体からはぶちぶちと筋肉が切れる音が聞こえ、内出血を起こした肉が裂け、目から血を噴きこぼす。

 ユリは何度も何度もファディを斬り刻む。


 だが―――、


 切り裂いても細切れにしても、ファディに負わせた傷の一切は現実のものとはならない。しかし、それでも、ユリは刀でファディを斬り刻み続けていく。


「この場所に住まわれる方々は、非常に材料としての質の高い。本当に修久利の技を使う者達は素材として優秀なのですね。カジハのお嬢さん、本当に感謝申し上げます」


 ユリはファディがとうとうと語るなか、自らに聖霊を顕現させていく。天憑きの心身に宿る聖霊を現世界に顕現させることが、天憑きの本来の力を全て発揮することにつながる。彼女の髪、手足が人間のそれから聖霊・麒麟を表わすモノに変化していった。

 ユリの闘気が聖炎となって彼女の持つ刀に力を注ぐ。その刀がファディの首を狙う。が、ファディの前に別の黒魔術師が盾になるべく割って入る。


「邪魔だあああっ!!」


 災呪の穢れ以外の黒魔術師など天憑きを留めることすら不可能だ。ユリはその黒魔術師を上下に分かつ。

 ファディはそのユリを包む聖炎を見て、ますます悲しく表情を曇らせた。「邪霊が人間の肉体を毒するとは、いつの時代も人間は邪霊のエサとなるしかないのですか」そう言って、ユリの胴を手刀で切り裂く。「ほう? 胴体が千切れないとは、それほどまでに人間を手放したくないのですか」

 腹部の半分が手刀で切られ臓物があふれ出る。が、その内臓を無理矢理に腹に押し込めて、ユリは天憑きの力で止血させる。傷口が塞がり血が止まった。よし、十分に戦える。ユリは再び刀を構え直した。


 ファディは両手を合わせて漆黒の制御式を描き、ユリの体に巣食う邪霊を指さす。

 聖術ノ離『幽玄に惑いし子と翠』


 ファディの手元に浮かぶ光輝く円輪がユリの視界に映る。そして、彼女が気が付いたときには自分の胴体が裁断されていた。自分の上半身と下半身が互いに別方向に吹き飛ぶのをユリはどうすることも出来ずに見ているだけだった。「父様ととさま―――」ユリの頭上をファディの言葉が飛んでいる。


「やはり、これでも少女から邪霊を分離させることは敵いませんでしたか。カジハのお嬢さん、貴方に巣食う邪霊に永遠の死を。人の身である美しき貴方にどうか聖女の限りない慈悲があらんことを」


 手で祈りを表わし、深々と頭を下げたのだ。ファディは顔を上げて、淡々と部下に命じる。


「お嬢さんの頭部を切り離し、素材としましょう。天憑きはとても良い素材となってくれますからね」


 黒魔術師がユリの頭部を切り離そうとした時、空間に光が走りユリを取り囲んでいた全ての黒魔術師を消し炭となった。

 現れたのはカジハ・サダナオ。


「素晴らしい。これほどまでに早く、冥府の者どもを打ち破ってきましたか! やはり完成に近づきし修久利しとめは我々人類の宝とするに相応しいものですね! それを確認できたことこそさいわいというものです」


 分厚い闘気を身に纏っているカジハは、血だまりに沈む自分の娘の上半身を起こした。


「ユリ。父が来たからにはもう大丈夫だ」


 そう言って、冷たくなっていくユリの頬を優しく撫でる。そして、見開いたままの目を閉ざす。その過程で、カジハはユリの手元を見た。その手には敵を撃ち滅ぼさんと未だに強く握られている刀があったのだった。

 カジハの背後からファディの声が降り注ぐ。


「真の修久利しとめより繰り出される絶技。まさに人間の美技である。しかし、その人間の身に邪霊が混じっているともなれば、たちまちに見るに堪えない枉惑おうわくと化す。分かるかな? カジハよ。我々黒魔術師は深い悲しみに満ちていることを。邪霊が人間に寄生し、その研鑽を啜り飲み、そして邪霊のえさとなることなど―――」

「貴様は、臓腑の一片残さず死滅しろ」


 ファディが言い終わらぬうちにカジハは剣技を放つ。ファディは黒魔術の防壁で剣技を防ぎ、言葉を続ける。


「カジハよ、その嘆きは尊い。自らの娘の無念の為に剣を振るう。それこそが人間の為す感情の高まりそのもの。だが、その刃が私に至ることはない」


 ファディはカジハの刃を退け、冷ややかに見下ろす。

 カジハはその言葉すら無視する。そして、幾重にも身に纏う闘気を刀に乗せて、すべての力をもって修久利の絶技を完成させた。



「無道の乖離に示す

 泡沫の燈火

 羅列の階を昇りつめ

 闘気に織りなせ

 天無尽『桜燈羅示あとらじ』」



 その技は六道真慧にも届き得る、無道乖離の御業。その技をファディは同じように黒魔術の防壁で弾こうとした。


 が、


 完成した修久利をを止めることは不可能だ。

 黒魔術の障壁の存在さえ無視して修久利の絶技はファディを切り裂き、青き熱波がそのファディの体を滅炎させていった。その炎の中でファディが賞賛の笑みをこぼす。


「本当に素晴らしい。やはり、貴方の技を邪霊に堕とす事などあってはならない」


 燃え上がるファディを囲むように幾人もの黒魔術師が現れ出でたが、その全てをカジハは切り捨てる。最後には滅炎によってファディの半身は完全に灰と化し、黒魔術師ファディは完全に息絶えた。その他の黒魔術師たちもカジハの剣技により絶命し、その屍から黄色い蛍火が天に上っていく。それらの蛍火は黒魔術師に囚われた無辜むこの民たちの幾万、幾百万もの魂。それが輪廻に還っていく光景。


 すべてが終わった。


 カジハはユリの骸を抱き上げ、おもむろに歩いていく。カジハの屋敷からは、子どもらが楽しく遊び笑い合う声も、ノベザが道場で発破をかける掛け声も、皆の体調を気遣うナズナの優しき声も瓦礫とともに全てが崩れ消え去った。


 ノベザは輪廻の入口、黄泉のある山中の社を目指して歩いていく。その腕の中には冷たくなってしまった娘、ユリを抱きしめながら。



 誰もいなくなったカジハの屋敷。



 一人の黒魔術師がファディの遺骸の前に立っていた。黒魔術師が手が遺骸の上にかざされる。ファディの残された半身が黒魔術師の手元に巻き上げられていき、赤黒い球体となった。おもむろに球体を黒魔術師が食する。

 数秒ほど経っただろうか。その黒魔術師は声を発した。


「ああ、本当に修久利しとめは素晴らしいですねえ。必ずや人間の礎として奉げてみせましょう」


 それはファディそのもの。黒魔術師ファディと成ったものが、周囲の黒魔術師の残骸を両の手に呼び寄せ、凝縮させていく。その赤黒く凝縮されたモノを食し、ファディは転移術で跡形もなくその場から消え去ったのだった。



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