71話 これが人間の『凝縮』です。

 たった数秒の間でナズナ達と共に来ていた数十人の門下生がばらばらに切り刻まれてしまっていた。ただ、ユリとナズナだけは自らの無事な姿を互いに見合う。「大丈夫だ。俺が守るから」ノベザが彼女たちを庇う様に、身を盾にして光の刃からユリとナズナを守っていた。


「ノベザ!」

「ノベザ様っ」


 二つの叫びが同時に上がる。ノベザは既に黒魔術の刃に刻まれ、立っているのも奇跡に近い状態だった。体の部位は削がれ、片腕さえも失ってしまっている。刀を支えにしてようやく自らを無理矢理に立たせていた。「すまぬ―――」ノベザの呟きが地と共に吐き出された。彼の視線の先には四肢の吹き飛んだ数十人の門下生の屍。ノベザが守ることが出来たのはユリとナズナの二人のみ。その呟きが途切れてノベザの体が前のめりに崩れてしまう。

 ユリがその体を支えて、ナズナがありったけの回復魔術をノベザにかけていくが、既に生命力の失われた体では回復術は効果を及ぼさない。


「ふっざけんなあああっ!!!」


 怒号と共にユリがノベザの刀を手に取って、黒魔術師に向かって刀を振り上げる。そのユリの5彩色の髪姿を見た黒魔術師は明かる気にユリに声を掛けたのだ。


「おや? カジハのお嬢さんではないですか。しかし、邪霊に身を喰われている姿を見るのは耐えがたいものですね」


 ユリの刀が空を切る。その場に黒魔術師はなく、一瞬のうちにノベザがいる場所に転移していた。転移すると同時にナズナを道場の奥に蹴り飛ばして、カジハの頭部を無造作に掴み上げた。


「カジハお嬢さん。貴方の半分は人間だ。人間は人間に対して敬意を払わなければならない。それが私たちが住まう人の世の礼儀です。初めましてお嬢さん、私の名前はファディ。邪霊どもからは黒魔術師と呼ばれて久しい」


 ユリは刀に聖霊の力を纏わせ、ファディとの間合いを詰める。そのファディの真横からユリは刀を振りかざして一閃し、彼女の刀が見事にファディの頭部を斬り飛ばした。そう、確かに斬った手ごたえがあったはずだった。

 だが、幻覚でも見ているかのように男の頭部は何事もなかったかのように元に戻っていき、そもそも頭部が切り離された事実など生じていないように全てが元に戻ってしまった。

 天ノ則あまつのことわり。実存強度の絶対上位者にはダメージが通ることは決してない。それがこの世界の法則ことわり


「『災呪の穢れ』かっ!!」


 ユリは眼前の黒魔術師を災呪と呼んだ。黒魔術師のなかでも最も高き位置に存する一握りの、三王国の絶対的な力の顕現。天憑きであるユリの攻撃が通じぬ黒魔術師は『災呪の穢れ』に他ならなかった。

 ファディはユリのみぞおちに一撃を入れて、ユリをナズナが倒れている場所に吹き飛ばす。


「カジハのお嬢さん、そうではありません。私が見たいのは修久利しとめ。貴方がたの剣技を、その研鑽を、人間の到達地を見せて欲しいのです」


 そう言って黒魔術師ファディは道場の奥を見据える。彼女らがうずくまる道場の片隅を見やり待ち続けるのだ。

 その場所では、ナズナが黒魔術師の蹴りで腹部に穴が開き血を流し、ユリは黒魔術師ファディの一撃で内臓に穴が開き血が流れていた。


「さあ! 私に人間の頂を、修久利が邪霊を殺すに足るものであることを見せてください」


 血を流しながらもナズナは、ユリを優先に回復魔術をかける。何とかユリを回復させることができ、残った僅かな余力で自らも腹の出血だけは抑えた。ユリとナズナは互いに見やって、刀を手にする。

 彼女たちが再びファディを睨みつけたとき、ファディの周囲にはいつの間に現れたのか幾人の黒魔術師が立っていた。

 ユリが5彩色の闘気を身に宿してファディの、そのノベザの頭部を掴んでいる黒魔術師の腕に狙いを定め修久利の剣技を放つ。


「『天無辺・鴻冓こうご』」


 腕を飛ばしたと思った。だが、瞬時にファディの腕が切られる前の状態に戻り、彼の蹴りがユリの側頭部を打ち地面に叩きつける。その動作が終わらぬうちに、ナズナがファディの死角から修久利の剣技を放つ。それはナズナが使うことのできる絶技。


「天を流れ堕ちるは世の理

 地に満ちるは悪欲の塵埃じんあく

 我が刀は凍華

 剣技一閃・陽黎白々ひれいはくびゃく

 天無尽『白陽連夜ようようあ』」


 ナズナを中心として周囲が凍っていき、全てを凍らせ打ち砕く断絶の刃がファディの全身を粉々に斬り砕いていった。しかし、その攻撃はファディには無意味。その事実がナズナに隙を生じさせた。その隙をファディが見逃すはずもなく、剣技を放ったナズナの顎を打ち砕く。そしてゆっくりとナズナの頭部を片手に掴み取った。ナズナもその絶技をもってしても黒魔術師ファディの体に傷一つ入れることが出来なかったのだ。


 左右の手にそれぞれノベザとナズナを掴み上げるファディは眼下のユリに言う。


「修久利は世の理を超えるものでなくてはなりません」


 ファディは両手に持つノベザとナズナの頭部に漆黒の制御式を表す。その男女の頭部に漆黒の制御式が浮かび上がり、発動した魔術がそれらの頭部を切り刻んだ。


「これが人間の『凝縮』です。人間はより強き人間に対してその身を捧げる生き物であることはご存知でしょう? そしてこの子らもまた私にその身を捧げたのです。これこそが、我々人類が自らの脚で立つための『足掻き』に他ならないのですから」


 ノベザとナズナの頭部は粉々に砕かれ赤黒い球体に凝縮されていく。その球体をファディは食して感謝する。「良き力を感じます。我ら人類を導く聖女に感謝を―――」そう言って、胸に手を当てファディは聖女に祈りを捧げた。

 ユリを背後から取り囲んでいた黒魔術師たちも同様に、門下生たちを次々に赤黒の球体に凝縮させて食し、同じように聖女に祈りを捧げていた。 


「っ、ツ‥‥‥ツ―――」


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