57話 修久利。誰が為に振るうのか?

 ペルンにす巻きにされていたソラはさっぱりとした表情でノインに挨拶をしてきた。す巻きにされていてもソラは「皆がいてくれて安心っス!」と、黒針くろぬいに襲われる心配がないことを確信して、安心した様子で話し続ける。


「おっ! 昼食っスね。オイラ、お腹ぺこぺこなんスよおおお~。早くみんなで一緒に食べましょおおおっ」

「そうですね。ノイン様、皆さんもお昼にしましょう。腹ごしらえをしたら一気に素材採取に行きましょうね」


 清濁を合わせて飲みほした眼差しのユリは、一同を見渡し両手をぱんと打ち鳴らす。それを合図にして、す巻きのままのソラを岩の上に放置したまま簡単な昼食を取り始めた。ノインは焼いた森殻兎の肉を切り分けて彼らの昼食に添える。


「香草で焼いてみたものです。もし良ければ、こちらも食べてみて下さい」

「おお! ノインっちぃぃ!! オイラにも! オイラにもくれっすよおおおお。食べるっス! 昼食を堪能するっスよおおおお!!」

「もちろんですよ、ソラさん。こちらがソラさんの分です。是非、味の感想を聞かせてください」


 ノインはす巻きにされているソラの眼前に森殻兎の香草焼きの皿を置く。ソラは手も足も動かせず、必至に顔を皿に近づけて、熱々の肉に齧りついたが、「あっついっすううううう!!! 顔が、顔があああ、熱いぃぃぃっ!」焼いたばかりの熱々な肉がソラの顔に覆い被さっていた。


「良い食べっぶりですよ! ソラさん!」


 なぜか感激に打ち震えているノイン。その喧騒を背中越しに受け止めて、ユリはこの騒がしさも冒険の醍醐味なのだと感じ始めていた。だから改めてユリは口にする。


「初めて素材回収を体験させて頂いている身で、言うのもなんなのですが。皆様と、こうして冒険してるのって凄く楽しいです! なんだか想像以上でわくわくします」

「んだべ! まあ、楽しく賑やかに行かねえとなあー」


 がはははっと豪快に笑うペルンはユリの頭を無遠慮に撫でる。その粗雑な力加減に幾ばくかの懐かしさを感じているユリがいた。

 ソラは川岸にあった大きな岩の上で仰向けに大の字になり「勘弁してくださいっス。もう懲り懲りしたっス~。飛空艇はみんなで帰るためにあるものッス」と息の上がった声が漏れ出ていた。す巻きから解放されたソラは、ノインが作った香草焼きの肉を寝転びながら、もぐもぐと口を動かしていた。


「ソラさん。寝ながら食べるなんて行儀が悪いです」

「ユリッち。縛られてしまったから、寝転んで食べるの不可避っスよ~」


 そう言いながら香草焼きの香りを楽しむソラは、それでも美少女ながら絵になっていた。

 ユリは額を手で押さえ深いため息を一つついて、気持ちを切り替える。彼女はノインたちに向き直って今後の日程について再度確認を行う。時間経過からみれば、最速で素材採取の工程を進んでいるのは事実。これから午前中と同様に、川を上流を目指して滝のある場所まで登って行く。その滝つぼ周辺でエーテル変性体が採取できるはずだ。エーテル変性体は曲がった針金の形をしていて、清流の滝つぼのなかに自生しているのだという。

 そこで1日目が終了する予定となる。2日目は山岳を目指して進み、そこで緑星屑―――宝石の原石を手に入れる。その道中で羅果の実を採取出来れば上々といえるだろう。


 一同は上流域に向かう準備を調えて、出発した。


 ノインは背嚢からロープと金属杭を取り出して、先導を務める。川沿いにはノインの体よりも大きな岩がごろごろと横たわっており、そのざらついた岩肌に苔を生やしていた。ノインのすぐ後ろにはソラがいて、ノインに崖を登るルートを、指示している。ノインはその指図通りに、金属杭を崖に打ち、ロープを這わせて下にいるソラに放る。それを何度も繰り返しながら、崖を攻略するためのルートを作りあげていくのだ。


 ユリとペルンは崖下で魔獣を警戒しながら、ふとユリが口を開く。


「大樹の守り目である私は、何のために刀を振るうのか。ずっと考えてました」

「んー?」


 ユリはペルンと肩を並べて、魔獣の気配を探るように遠くを見つめている。川を下り降りる水音が大きく聞こえていた。


「ペルンさん。貴方が私に言った言葉は今でもはっきりと覚えています。守るための力として刀を振るいたいのだと。魔動人形である貴方が使える技は限られている。剣聖のような六律属性を操る剣技を扱うことはできない。できるとすれば、修久利しとめを体現せし六道真慧に至る険しき道のみ。それを見事に自らの力として体得して、その剣技でもってココさんを守ってきている。そう、貴方は守りの刀を研鑽し、歩んでいる」


 彼女は胸に提げているペンダントを手の中に沈めるように堅く握り、ペルンを見上げた。


「浮島の大樹から離れられない私は、ただ大樹を守り、そして浮島を守っていればいいのだと思っていました。それが浮島を離れることができるようになって、目の前に広がる天異界に興起したのも事実です。そして、ペルンさん。貴方と同じように守りの刀としてココさん達の為に技を振るうのだと思っていました。ですが、あの黒針くろぬいの群れを見た瞬間に復讐の炎が、我がカジハ家の怨敵を倒せ、滅せよと私を突き動かす。結局、私は復讐を胸の奥に沈めていただけだった。私は貴方のような守る為ではなく、攻め滅ぼす破滅の剣技なのだと分かってしまった。大樹の守り目などと聞いて飽きれます―――」


 ペルンはユリの言葉をかき消すように、彼女を力強く胸に抱き寄せた。彼女の言葉は最後には無表情に吐き出されていたから。だからこそ、ペルンはその口を塞ぐように強く抱きしめて、優しく彼女の頭を撫でた。


「大丈夫だべ、ユリ。俺がいつでもいるべよ」


 ペルンは思い出す。ユリに会った時からずっとそうだった。どこか大人びた台詞を言っているときも、笑っているときも、ずっと心が定まっていないように見えた。それは復讐を閉じ込めているからではない。小さな女の子がずっと泣いているような、とてもか細く見えていた。だから、ペルンはユリのそばにいた。彼女が笑顔のもとに歩き出せるように。畑を大樹の根元に切り拓いたのも、ココの友達になって欲しかったというのもあるが、賑やかであれば彼女も少しずつ笑顔になるだろうと思って。

 人は笑うべきだと思う。家族とともに、仲間と共に笑い合い、そして未来を自らの意志で歩んで欲しいと願う。


「ちょっと甘えてしまいましたね。ペルンさん、もう大丈夫です」


 ペルンの腕を振り払うようにユリは気丈に姿勢を正した。そんな彼女の表情を見てペルンは理解する。かくも心というのは過去に囚われてしまうものなのだと。何千年の年月を経ようとも癒されることはないのだ。

 突如、岸壁の上から爆発音が響いてきた。そういえば、小さな魔獣の反応が崖上にあったなとペルンは腰の刀に手を置く。


「あの程度の魔獣に苦戦するとは、ちっとばっかし鍛錬が足んねえようだな」

「手厳しいですね。それが師匠としての教育方針です?」

「まあ、見に行ってみんべか」

「ええ。もちろんです。手助けは大事です」


 ユリとペルンは互いに頷き合うと、ノインが切り拓いたルート上のロープを片手に掴み、勢いよく駆け上がっていくのだった。




 数十分前。

 ノインはルートを切り拓くため、ソラが指示する場所に杭を打つ。


「おお~。さくさくルートが出来上がるっスね。さすがノインっち! 垂直な壁も軽快に登っていくっスねえ。さすがッス! これが終わったらノインっちの身体を詳しく調べて、オイラも凄い魔動人形を作製してみたいっスううう!!」

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