56話 連樹子。その奥底。

 ノインは、その白く尾を引く軌跡が飛空艇のものだということを理解する。


「あの、あれって?ソラさんの飛空艇ですよね‥‥‥飛んで行っちゃいましたけど?」


 同じようにユリも飛空艇が描いた軌跡を呆然と見ていた。ただ一人、ペルンだけが何時もの調子で悪態をつく。


「あんのトサカ娘がっ! また普通に帰りやがったべ。まったく目を離すとすぐにこれだ」


 そう言って、背嚢から小包に包まれた操作式魔動器を取り出して、力を込めてスイッチを押す。


「ペルンさん、それはココさんの魔動器ですよね?」

「んだべ! 出発の時にココから預かった特製の遠隔操作魔動器『もどってくるくる』だ。トサカ娘の飛空艇・操舵制御魔道器に細工をしておいたんよ。まあ、暫くしたら戻ってくるべ」

「そ、そうだったのですね」


 ソラの逃亡も織り込み済みだったらしく、ペルンは遠隔操作魔動器『もどってくるくる』を嬉々として作動させている。ユリはそんなやり取りに何と言っていいのか分からずに、なんとなしにノインを目線で探した。すると、瞳を輝かせたノインが大岩の上でぶつぶつ呟いているのを発見したのだった。


「そうでしたか。ソラさん!貴方は、自らの器―――体を大切にするあまりに帰る道を選らばれたのですね。まったく素直な彼女にふさわしい行動だと思います。普通ならば、少なからずの葛藤が良心を苛むはず。でも、何食わぬ顔で普通に帰るソラさんの姿が想像できます。やはりソラさんは讃えられるべき方なのかもしれませんね!普通どんな状況でも自らの信念を押し通す、しかも躊躇わずに行動することは大変難しいことなのですから!」

「あの‥‥‥ノインさん?」


 言っている意味が飲み込めずに、ユリは彼を凝視してしまう。そんなユリの不安を察したのか、ノインは大岩から飛び降りて彼女と向き合った。


「僕もこの身を得て思ったことがあるんです!人には様々な想いがあるのだと。その想いはその人自身を形作り人生に指針を与えるもの。だからこそ、僕は『想い』を大切にしたいと思うのです。なぜなら僕自身もまた新たな生を与えられて、今こうして皆さんと一緒に過ごすことが出来ているのだから!」


 ノインはユリの手を両手で握る。ユリは一瞬だけ体を強張らせてしまったが、ノインの温かな手のぬくもりを感じて彼に笑顔を向ける。「ノイン様は、無口な方だと思っていましたが‥‥‥生まれたばかりだから倫理観に難があるのかしら?」と困り顔で少しだけ溜息が出てしまった。


 ペルンの説明では遠隔操作魔動器を目指して飛空艇は戻ってくるそうだ。その舟羽が戻って来るまでは多少の時間が掛かるだろうということ。


「飛空艇が戻ってくるまで、私たちは少しでも素材採取の場所に近づきましょう」


 ユリが提案して、一同は最初の素材採取場である中流域を目指す。河口から続く河川敷を横目に捉えて、10ミーレ(*15km)を進んだところで、頭上に豆粒ほどの飛空艇が見え始めていた。


「おおおっし! トサカ娘ば、焼き鳥にしてとっちめてやるべえよ」

「あ、そろそろお昼の時間のようです。僕は何か食材となるものを探してきます」


 てんでばらばらに行動を始めるペルンとノイン。ユリは頭を押さえて、深いため息をつく。「彼らを纏めていたココさんのこと、改めて尊敬します」とユリは頭上から届いてくる飛空艇の動力音に姿勢を正す。素材採取は始まったばかりなのだから。

 ノインは周囲を見渡して、昼食のおかずになりそうなものはないかと川岸から密林の中に分け入っていく。


森殻兎シンゴラうさぎがいます!」


 少し森の中に立ち入ったところに数匹の森殻兎が葉を啄んでいた。その森殻兎はノインに気付くと慌てて尻尾を大きく膨らませ、その中に自身の体を隠す。その尻尾は膨らむと硬質化することから、殻の中に身を隠す意を込めて森殻兎と呼ばれるそうだ。


 ノインは連樹子を指先に現して森殻兎に狙いを定めた。狙う場所は頭部。


 さて、どうなるのか―――。

 弓の弦を絞るがごとく連樹子を螺旋状に巻いていく。ノインは呼吸を殺して連樹子を放つ。連樹子は矢のごとく指先から射出され、ノインが計算した軌道上を一分の歪みもなく走っていく。

 連樹子は森殻兎の4体の頭部に次々と突き刺さり、それら全ての魔獣は麻痺したように体を痙攣させ倒れた。ノインはすぐさま駆け寄り森殻兎の状態を確認していく。やはり連樹子により実存強度が削られ続けている。そしてノインは頭部に突き刺さったままの森殻兎に対して、動くように念じてみた。すると指示された個体はぴょんぴょんとノインが意図する方向に進んでいく。「操れるのか‥‥‥」ノインは連樹子を使って色々と調べ上げていく。


 分かったことは次のようなことだった。


 連樹子の効果

 ①連樹子は対象の実存強度を削る。

 ②脳に直刺しすると対象を操ることが出来る。また自動操作が可能であり命令を刷り込み本人に意識させることなく行為させることが可能だ。操れる範囲はその対象物が身体的に可能とする行動であり、刺している間は実存強度が削られ続けて最後には滅失する。

 ③連樹子によって記憶を読み取ることができる。そして意識を連結させることも可能だ。


 ノイン自身に対する影響は、連樹子を発現させるごとに自らの身体が損壊すること。


 以上のことが分かった。


 連樹子を本格的に使おうとすれば身体の損壊は避けられないが、魔動人形の自動回復の範囲内で使用するだけでも十分だろう。


 ノインは実験した森殻兎を手際よく解体し、昼食の材料とする。全部で4羽いるのだから2羽を昼食で食べるとして、残りは今後の食事の為に保存用として処理をしておく。ペルン達のもとに戻ろうとしたとき、ちょうど飛空艇が着地したところだった。その舟の動力炉から排気された風がノインの後ろ髪をさらって行く。それと共にペルンとソラの言い合う声が聞こえて来た。


「ったく。目を離すとこれだべよ。鳥毛ば毟っぞ」

「それはあり得ないっス。聞いてい欲しいっス。ただ、オイラは舟を倉庫に戻しに行くとこだったんス。だから、鳥毛を毟られるいわれはないっスよ。それに、ココッちの魔動器をオイラの舟羽に黙って組み込むなんて酷いっス!ココッちの魔動器なら、その仕組みを微細に至るまで確認したかったっス」


「おっめえは、つくづく反省の色がないべなあ~」

「あっ! ノインっち。元気そうでなりよりっス。もしかして、素材回収終わったスか? 用事が済んだなら、さっさとエーベに帰るっすよおお~~!」


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