43話 いつも貴方と共に

 ペルンは木刀の地を右上腕に乗せ、左手で柄を掴んでいる。ノインを正面に見据えたペルンは、ノインが鋼棒を構えるのを雨粒の音と共に待つ。体を打つ雨が激しさを増していた。ノインはいつもの練習と同じように自分の得物を正眼に構えた。


 ふと、ペルンの構えがいつもと違うことに気付き緊張が全身を走る。新たな技だろうか?きちんと対応できるだろうか?と不安がよぎってしまうが、これまで積み重ねてきた練習量を自信に変えてノインは鋼棒を強く握り直した。


修久利しとめは基本の技だべ。すべての応用の根となるものだべよ」

 ペルンの木刀を持つ気配が変わった。


 ―――くる!


 直感が警告を鳴らし、それを受けてノインは咄嗟に鋼棒を突き出す。得物同士のつばぜり合いに持ち込めば、単純に力で勝る自分が有利だろうと予測していた。だが、鋼棒の切っ先をあまりにも軽易に叩かれて、ノインは明後日の方向に突きを繰り出してしまう。そして、そのままがら空きとなった胴に、ペルンの木刀が当たった。


 それで終いとなった。


 あまりにも呆気ない結末を導いてしまったノインは、泥に手をつき倒れたまま暫し呆然としてしまう。せっかくペルンが剣を教えてくれると言ったのに、自分はただ倒れただけだ。打ち合いらしいことすらできなかったことを悔いて唇を噛みしめてしまう。


修久利しとめの技ってのは、体の動き、剣の動きを意識するってことだべ。俺の動きばよく復習していろいろと考えてみでみりゃいいべよ。んで、剣を振るうとき以外も修久利の動きをして覚えていけばいいべ」


 ペルンはノインにそう声を帰ると、「この木刀は俺がもらっとくべ~」と言い残してその場を後にした。


 ノインは鋼棒を握り、ペルンが立ち去った方角を見やる。夕方まではまだまだ時間がある。なら、ペルンから見せてもらった修久利の技を自分なりに咀嚼して、真似てみよう。ノインはそう決めると、あとはひたすらに体を動かし得物を振るうのだった。





 夕餉の食卓。


 ココの飛空艇の一室に集まった全員の視線が椅子の上に仁王立ちになっている彼女―――ココに集まっている。


「みんな!よく聞いてほしい。私たちは自由都市エーベに行かなくてはならない!いや、行くことが次の段階に進むために必要なんだ。それは下天することにつながっている。そして、下天によって現世界に行き、そこで己の器を大きくしてきて系譜強化を図ることが、私たちに課せられた大事なことなのです!」


 そこで言葉を区切り、みんなの顔を一人一人見渡す。彼らの前のテーブルの上には出来立ての料理から湯気が立ち昇り、部屋を照らすランプが揺らめきながら照らしていた。ココを見守る一同は、静かに次の言葉を待つ。


「そのために、この地から引っ越しをする!引っ越し先はもちろん自由都市エーベ。出発の日は明日!リヴィアちゃん、ユリちゃんのことはだいじょぶなんだよね?」

「ああ、問題ない。ユリも含めて移動可能じゃ。そのために、明日の出発時にちと儀式が必要となるが、準備は万全だ。のう?ユリよ」

「はい、リヴィア様。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ペルンはココの話を聞きながら椅子に背中を預けた。この地―――天異界の辺境周辺部にたどり着いて5千年が経過していた。ノインとリヴィアを仲間にして以来、系譜強化に大きく舵をきったココは存外に頼もしく見えた。ペルンも自分の剣術はココたちを守れると自負している。だから、前に踏み出すには ちょうどよい時期なのかもしれない。ペルンは、ちらりとノインの様子を伺った。


「分かりました、ココ。僕はどこにだってついて行きます」

「良い返事だよ!ノインちゃん」


 ココはノインと、それから皆の同意を受けて、椅子に座り直す。「じゃあ、夕食にしよう!」とユリに目配せをしてから、ユリと共に食事の祈りを捧げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る