31話 拒絶。意志の選択。

 天之神如則ヤージュヴニャルキーヤが起動する。リヴィアタンが統べる六律系譜の、その水属性の全ての領域魔法の重層起動展開が開始されたのだ。発現される効果は『世界再生』である。それは、六律系譜の最上位者のみが使うことの許された神の御業。その神如きの力は天地開闢を再び現出させるほどの威力に他ならない。リヴィアが、その神なる魔法を行使し始めていくと対象者であるココの輪郭が昇華していき揺らめく。実体が不明瞭になるほどのエーテルが注ぎ込まれ、ココの姿形を魂から強制的に再生されていった。


 リヴィアタンが天之神如則ヤージュヴニャルキーヤを行使せざるを得ないほどにノインが持つ連樹子からの存在滅失の力は凄まじく、ココを切り刻み存在を無に導こうとするものだったのだ。


「ココを決して死なせはせぬっ!」


 ココの体の内部から臓物を焼き尽くす激痛が、彼女の小さな体をひどく痙攣させる。あまりの痛みに四肢が折れ曲がり、声を出そうにも血が喉を塞ぎ呼吸を止める。それでも彼女は現在起きている現象の原因を探ぐろうと藻掻き続ける。


 そして、突き止めた。


 系譜従者から原典を消滅させる力が私に対して流れ込んできている。その力が私の体を滅失させ続けているのだ。その事実に彼女は愕然とする。「系譜の暴走・・・?もしかして、虹色結晶体石との融合が上手くいかなかった?・・・ッ!」激痛がココの神経を無理矢理に捻じり切っていき、思考が止まる。血が噴水のように体の裂け目から流れ出るなかで、霞む視界にリヴィアが必死に天之神如則をかけ続けてくれているのが見えた。そのおかげで、わずかながら目線を動かせたココはノインの姿を探す。ノインは懸命に原始術法を抑え込もうとしていた。


 リヴィアはココに天之神如則を必死に掛け続けている。彼女の胸に抱かれているのは血を吐き全身が痙攣に包まれているココだった。だが、リヴィアの天之神如則をもってしてもココの体は絶えず滅失の縁に立たされている。


「何をしておるっ!早くその術法をやめるのじゃ!!貴様の術法が系譜を浸食し、その原典を切り裂いておるのじゃぞ!!」


 リヴィアの隣に立つユリも懸命に回復魔法をココに掛け続けている。それでも、連樹子の力はすさまじく徐々にココの体は生命力を失われていく。


「ユリぃーー!どうなってるんだべよ?ココが、ココが死んじまうべ――!!!」


 ペルンの叫びがユリの思考を現実的行動に誘引させる。このままではココは死んでしまう。リヴィアの回復魔法をもってしても、現状を打開するには至らない。


 ユリはココの足元に広がっている血だまりを見た。リヴィアが懸命に領域魔術で再生を行っていたが、間に合っていない。そのリヴィア自身も体が裂かれ血を流している。契約相手ですら浸食しているのだ。あまりにも凄惨な光景にユリは一つの方法を決断する。元凶を取り除くべきだ、と。彼女はすぐさまノインの原始術法を見た。

 どういう理由かは分からないが、ノインを起点にして系譜浸食が行われていたのだ。その系譜浸食の始発点を探るとノインの原始術法―――赤黒色の球に辿り着く。彼は必死に原始術法の解除を試みようとしているが、逆にその原始術法からノイン自身が操られているようだった。

 ユリは自らの刀を現出させる。


「原始術法があるのは右腕じゃ!」


 リヴィアがユリに攻撃場所を限定させた。ユリは右腕の前腕付け根に狙いを定めた。


「ノイン様、すみません」


 ユリは瞬時にしてノインの懐にもぐりこみ、そのまま原始術法を編んでいる右腕の肘関節部を切断した。弧を描くように宙を舞う右腕をさらに鞘でもって、上空に吹き飛ばす。


 ココは視界の隅でその光景を捉えていた。静止の声を上げようにも血で喉は塞がり体も骨が折れ曲がって思うようには動いていくれない。彼の腕が切り落とされるのをただ黙って見ているしかできなかった。ココの小さな体では体力も限られている。ココの意識はそこで途切れてしまい深い暗闇の底に落ちていくのだった。

 ノインの千切られた右腕はそれ自体が一個の生物のようになおも原始術法を編み続ける。その右腕の先には巨大な赤黒色の球が完成されつつあった。ユリはその舞い上がった腕が上昇頂点に達するのを見定めて、最大の魔法を放つ。


「天意を示せ!領域魔法『アーカーシャ』」


 瞬時に巨大な制御式が浮島全域に広がり、その作用が開始される。魔法の効果に遅れるように展開される制御式は、まるでユリの力の強大さに気圧されているかのよう。彼女の魔法はノインの右腕に集約されていき、その空間ごと圧殺して消し去った。しかし、原始術法を消滅させたと安堵する間もなく、わずかに残ったノインの原始魔術の粉末が浮島の全域に断末魔を轟かせた。


 赤黒い閃光が浮島に生息する全ての生命に降り注ぐ。爆発音が轟き、熱波が上空から襲い掛かってきた。その熱波が、木々の樹冠を焦がし大きな衝撃波が浮島の至る所をえぐっていく。浮島に幾本もの亀裂が生じるなか、巨樹を中心とした直径10ミーレ(*15km)付近だけは守り目の加護があったのか無傷でとどまる。


 ノインの腕を切り裂いてしまったユリが独り佇んでいる。その小さな両肩をペルンが抱き締めていた。


「よもや、これほどのものとはな」

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