24話 不安。少女の小さな指先。


 ノインは、僅かに痙攣しながらも前進しようとする鋸牙狼に対して止めの一撃を入れて絶命させた。連樹子の前ではどんなに強固な防護を体に巡らせていようが意味をなさない。


「連樹子は実存強度さえも無視することができる。だとしたら、天異界の中央に辿り着くのも意外と早いかもしれません・・・って、あれ?劣化している?」


 連樹子の触れたもの全ての物が劣化を生じさせていた。連樹子を這わせた鉄杖も連樹子を絡ませた自分の拳も、連樹子によって損傷を引き起こしてしまっていた。


「連樹子は何もかもを喰らい尽くす。僕の体も例外ではないか・・・」とノインはその連樹子を生む指先を見入る。体の方は、魔動人形自体が備えている自動回復で回復させることが可能だが、鉄杖の劣化を回復させる術はない。


 劣化した鉄杖に触れてノインは思う。この鉄杖のように、連樹子を使い続ければ自分の体も自己回復の可能範囲から逸脱しかねない。「あまり、連樹子は使わない方が良いのかもしれませんね」と、彼は鉄棒を片手に掴み上げて、地面に転がる魔獣に近づいていく。その頭部が消し飛んでしまっている鋸牙狼の首を掴み上げ、そのまま引きずり投げ捨てた背嚢の場所まで引き摺っていくのだ。


 道に落ちた背嚢を見つけ短刀を取り出す。その刃先で鋸牙狼の首筋を開き脳幹からエーテル結晶を取り出した。ある程度の実存強度を持つ魔獣になると、脳幹に魔力のエネルギーであるエーテルが結晶化しているのだ。強ければ強いほどエーテル濃度が高まり、長寿であればあるほど結晶石が大きく育つ。ノインが仕留めた鋸牙狼は、手のひらよりも大きな結晶石だった。


「資料の通りに生物のエーテル結晶は脳幹に蓄積される。この結晶は5等級みたいだ。この結晶石がココの役に立つといいな」


 エーテル結晶を背嚢に入れて背負い直し、ペルンとココが向かった畑のある方角を見やった。「何事もないとは思うけど、急いだ方が良いですね」ノインは足元に注意を払いながら駆け足で巨樹がそびえる場所に向かうのだった。



◇◇◇



 森の中の狭い獣道を駆け抜ける。魔獣との戦いで出来た裂傷は人形体の自己修復機能で元通りになっていた。エーテルの不足分は牽制役から抜き取った結晶石で補充してある。だから、あの程度の傷であれば自己修復機能で十分に回復は可能だ。


 森の獣道を走りながら戦闘時に垣間見た白昼夢を思い出す。あの声の主は青年のような姿をしていた。本当に一体何者なのだろうか?それに、自分のことを知っていたみたいだった。もしかしたら、僕が失ってしまった記憶に関係のある人なのだろうか?そして、この連樹子はこの世界のものではなく枯れ行く世界からの贈り物だと言っていた。「僕以外に6つ……この世界とは異なる世界があるということを示唆しているのか?僕と同じような存在が6つ在るということなんだろうか」と疑問は尽きない。

 その疑問が言葉となって口から出ていることに気付き、苦笑した。本当に世界には謎が満ちているのだと深く思ったのだ。

 獣道を覆う木々の切れ目から差す陽光が増え始め、青空がちらちらと見えている。もうそろそろ巨樹に着くころだろう。ノインは森の出口を目指し走力を上げた。


 その場所は森の中にぽっかりと空いた空間のような場所だった。


 そこは野原となった空間が広がっていて、色とりどりの野花がその花びらの先まで鮮やかさを誇っている。野原の奥には巨大な樹が天を貫くように高くそびえ立っていた。空を覆い尽くさんとするかのような枝葉が雄々しく伸びて、その足元は大きな岩場となって巨樹の自重を支えている。まさに巨樹にふさわしい重々しさが表れていた。


 ココとペルンが畑のそばに置いてあるベンチに座っていて、備え付けられている丸いテーブルに昼食を広げていた。ノインはココの元気な姿を見て安堵からか自然と笑みがこぼれていた。

 ココたちが用意している昼食の数は4人分。一人分だけ多いようだけど、誰の分だろうか。


「この場所がペルンの耕作地ですか。ずいぶんと広いんですねー」


 ノインは、ペルンが開墾した畑の作物を興味深々といった様子で見渡していた。

 畝の一つ一つを覗き込んで、そこにはココ作製の魔動器がそれぞれ作業をしている。雑草を取ったり水を掛けたり害虫を退治していたりと大忙しで動いていた。「すごい、賑やかだ」そんなノインの姿を大きな瞳いっぱいに映したココが彼に向かって一直線に駆け寄ってきた。


「ノインちゃーん!大丈夫なの?って、服が破けてるよおおッ―――!」


 ココの叫び声と共に彼女はすぐさまノインの体をペタペタと隈なく触って調べ始めた。「本当に大丈夫?怪我はしていない?痛いところはないかな?」と、最後にノインの瞳をじっと見つめる。

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