21話 白き世界。『祝福』せし者。


「魔獣であろうと何であろうと臆することはないのだ!なぜなら、この私の激連打がすべてを滅すから!この華麗なる連打を見せつけようではないか。ふふふあああはははー!」


 連打の練習をしてみせたココは戦いに勝利した感で額に流れる汗を拭っている。


 ペルンは、はぁとため息を大きくついた。ココは自分だけ魔獣から逃れることを良しとしていない。これでは、これからの戦闘に支障をきたすことが容易に想像できてしまう。


「分かったべ。ココは俺と一緒に魔獣から離れるべ。んで、ノイン。おめえが魔獣を片付けろや。あの程度の魔獣、ココが千年の時間をかけて作り上げた魔動器人形なら簡単だろ?」


 魔獣の方向を見てからペルンはノインに魔獣討伐を指示する。その様子を荷台で聞いていたココは身を乗り出した。が、ノインが彼女の動きを制する。「ココの手を煩わせることもありません。僕が全ての魔獣を倒しますから」とノインは自分の懐から取り出した綿布で、彼女の汗をふき取る。


「ノイン、ココと魔獣が十分に離れるまで時間を稼ぐんだべ。いいな?ココの安全を確保すんのが系譜従者の役目ってことだ。んだから後は頼むべ~」


 ペルンはひらひらと手を振り、荷車魔動器からノインの背嚢を彼に放り投げた。「んじゃ、頑張れよお~」と言葉を掛けてココを乗せた荷車魔動器と共に森の奥に向かって行く。ココの「あれ―――?」と疑問の声が森林の奥に流れて消えていった。


 ノインは「ええ、任されました」とペルンから渡された背嚢を背負い直し、鉄杖を強く握る。そして彼は実存強度を把握するのだ。



 実存強度 ココ  :0.455

      ペルン :1.031

      ノイン :1.270

      魔獣  :1.197 × 2頭、1.400 × 1頭



 魔獣もノインの存在に気付いたのか敵意を剥き出しに彼を突き刺してきている。だが、それ以上にノインの後方―――ココの存在に興味を示しているようだった。ノインはそれに気付くや否やココを守るべくして、魔獣との距離を一気に詰めていく。


 ノイン自身の実存強度は1.270だ。それに対してその群れの強者は1.400であり、明らかにノインの方が弱者である。実存強度はエーテル支配力の指標であるから、その支配力に開きがあればあるほど不利になる。ノインと魔獣のリーダーが戦う場合において、両者の実存強度の差は0.130であり、魔獣のほうが高い。それが意味するのは魔獣の攻撃はノインに対して攻撃力増加という効果をもたらし、逆にノインは防御力減退という結果を受けてしまう。このように、この世界では実存強度こそが絶対である。だから、正面切って強者に戦いを挑むのは定石から外れた行為に他ならなかった。

 しかし、ノインは正面からその魔獣のリーダー目掛けて飛び勇んでいく。ココの存在を魔獣から守るために。


「ココの元には、決して行かせません」


 ノインの足元は獣道になっていて狭くてでこぼこの道を突き走る。魔獣にもう少し近づいていけば、左右に岩盤が張り出した隘路に辿り着く。その場所が戦いの場となるだろう。


 その天然の擁壁ともいえる場所での戦いに心を躍らせている自分がいることに気付く。ノインは苦笑すると同時に、自分の体を巡るエーテルに意識を向けた。「僕の持てる力の全てで相手する!」と魔獣を見据えるのだ。彼はさらに深く意識を集中させていった。これから始まる戦いに己の全ての力を出し切るために、自分と魔獣たちのエーテルの微細さえも捉えて、戦いの先をとるのだ。


 その瞬間、激痛が走った。


 全身を貫く激痛がノインの視界を暗闇に閉ざす。魔獣の攻撃か?そう思ったのも無理からぬこと。即座に魔獣のエーテル反応を確認しようとするが、想像を絶する痛みに意識が薄れていった。



 気が付くと、ノインは真っ白な世界に立っていた。

 その場所は真っ白な空間であり、それ以外には何もなく、魔獣の気配も生物の気配さえ一切感じられない。



 白い世界。

 そこは遠浅のようにノインの足首を水に浸らせている。ノインは自分の足元を見た後、今度は空を仰いだ。空は黄金色に燃え上がり、さながら世界の黄昏のような場所だなと感想を抱いた。

 どうやら先ほどまでいた森の中ではないのは確かだ。


 『・・・』


 声が聞こえたような気がする。 

 ノインは声がしたと思われる方向に一歩踏み出した。

 すると、踏み込んだ足元から水面が真っ赤に染め上がっていく。まるで夕焼けを映した海のように。


 ――― 一体、何が起こっているんだ?


 ノインは歩きだした。立ち止まっていても何も変わらないし、現在いる場所を特定しなくてはならない。しばらく歩くと、白い尖塔が忽然と彼の前に姿を現した。その塔はあまりにも巨大で高く、尖塔の先が霞んで見えない。


 ―――血が流れている?


 その尖塔の遥か上のほうから塔の表面をなぞるように赤い液体が幾筋となって流れて落ちている。それがノインの足元の湖面を満たしていた。


 ―――っ!


 先ほどと同様の鋭い痛みが全身を襲い、ノインは思わず片膝をついてしまった。


『異界の根にして枝葉よ、逢えたことを喜ばしく思う』


 今度は、はっきりと声が聞こえた。


 ―――異界、根、枝葉?


 あまりの痛みの酷さに体を支えることが出来ずに、倒れてしまう。顔に赤い液体が着く。これは・・・水なんかじゃない。血だ。


 ―――誰だ?何かがいるのか?


『その手は連樹子。枯れ行く君の世界からの贈り物』


 ノインは水面に使った顔を無理矢理に動かす。その声のする方を力の限り見やる。痛みで霞む視界に映ったのは、青年のような姿をした何者かだった。


『君は君の世界の飢えそのもの。その飢えを満たすため、この世界は捧げられた。』

 その声との会話を聞くにつれて頭痛と吐き気が激しさを増していく。


『私は、君の世界を祝福しよう』


 ―――僕を突き刺していた声ではないのか?……祝福?何が言いたいんです?


『君と同じ・・子が、6つある。彼らのた・・・』


 突然に声は何かに遮断されたように途絶えた。すると先程までの痛みが嘘のように消え去っていく。

 

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