7話 虹色の光、震える鼓動


「ココ!こりゃあ、もしかすっど蝕甚になるかもすんねーぞ」

「うん、そうかもしんない!よし、全速力で脱出っ」


 ココは慌てて飛空艇のエーテル炉の回転数を上昇させ、船の速度を速める。白亜の浜辺から離れていく船は天異界の空――大渦とは真逆の方角――に進路をとった。


 今回の蝕は今までの大禍と違って、明らかにその規模が広大だ。


 蝕甚。数百年に一度の災異が始まったのだ。飛空艇の速度が最大値に達するや否や、ココは素早く新型動力炉のリミッターを解除する。


 動力炉を中心とした幾十重にも折り重なった魔術球が現れ、次々とその封印を解除していく。その封が一つなくなるたびに飛空艇の速度が一段と増していき、最大速度に達していく。


 蝕甚から逃れるために、ココは飛空艇の動力炉に最大の力を出すように命令するのだ。


「よし!このままの状態を維持して狭間から脱出するよ」

「ふぅ。まずは、一安心ってところか」

「飛空艇の速力からすれば、狭間の宙域から脱出は十分に可能なのです」

「でもよ、ちっとばっか蝕甚の方が速くねえか?」


 飛空艇の後方から空間の渦が追い迫っている。


 飛空艇の新型動力炉を動かすエーテル量は、通常の狭間からの脱出時を想定されて設計されている。ペルンが危惧を抱いたのは、蝕甚の場合は概念浸食の質も量的規模もはるかに大きい。だから、果たして本当に逃れることが出来るのだろうか。


「だいじょぶ、動力炉を全開すれば問題ない。この程度の負荷は想定内だから」


 ココは飛空艇が動力炉の最大船速を維持するのと同時に、船を包む魔法の多重障壁を展開していく。ココが作り上げた飛空艇の魔法障壁には多少の概念浸食には耐えられる特殊性を有している。それは、蝕甚が有する存在そのものを浸食し書き換える力に対抗するため。


 だが、蝕がさらにその激しさを増して、空間全域を揺らしていく。彼女たちの背後に相当する障壁が蝕の激震によって蝕まれていき、その多重障壁を一つ、また一つと壊し始めていた。 


「あれれ?ちょっと、これはマズいマズい、マズいよーー!!障壁展開が追いつかなくなってるッ!」


 ココが切羽詰まったように制御式を両手で制御しながら、叫ぶのが聞こえる。蝕甚の渦に引っ張られるように彼女の長い髪も逆立つ。ペルンは腰に提げた打刀を抜くと、蝕甚を睨みつけた。


「斬るしかねえべ!」

「ぺッルーーーン!!それよりも動力炉のリミッターを手動で解除してきて!!お願いっ、ペルン!」


 制御式に目を落としながら背中越しにココが叫ぶ。ペルンはココに言われた通りに甲板の階段から船内に入ろうと走る。

 突然、ココの胸元に収まっていた石が虹色の光を飛空艇の隅々にまで放った。その光は魔法障壁のように飛空艇を包み込み、まるでココ達を守っているかのよう。


 ココはその異常な光景に慌てることなく、冷静に飛空艇の動力炉を最大回転数のまま安定化させるように操作していく。徐々に速度を増していく船は虹色の光の軌跡を残して天異界の暗闇を走っていった。


 ココとペルンを乗せた船の背後では、大きな渦が白亜の浜辺を含む狭間全域の空を埋め尽くし蝕み溶かしていくのだった。


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