8話 浮島、小さき研究所


 ココたちの住む浮島は2つから成り立っている。一つはとても小さな浮島、もう一つは標高2,300テリテ*の山を抱えるほどの大きさをもつ浮島である。

             (*1テリテ=麦の高さ1.5m:2,300×1.5=3,450m)


 ココたちが住むのは小さい方の浮島だ。そこには二階建てのレンガ造りの家と3つの倉庫、そして申し訳程度の庭が備えられていた。

 ココとペルンを乗せて来た飛空艇はその浮島の縁に係留されており、その飛行艇はココの自信作の一つでもあった。天異界に充満するエーテルを燃料として稼働する炉を備えたその船は、少女の持つわずかなエーテル量を補って余りあるものだ。ココとペルンはその船を使い、天異界の辺境部を探索する毎日を送っていたのだった。


 天異界での生活は何かと魔術を行使しなければならない。例えば、その小さな浮島を他の魔獣からの侵入を防ぐための防壁は魔術によって構成されている。また、魔動器を作成するにも素材を変性するにも魔術が必要だ。そして何よりもこれらの魔術の行使にはエーテル消費が不可欠となる。より多くのエーテルを持つことがこの天異界での活動の広さを表し、その者の強さを単純に示すものとなっていた。しかし、少女の身体が所有するエーテルは微々たるものでしかない。だから、少女は少ないエーテルでも採取活動ができる天異界の辺境部に居を構え、日々辺境周域を飛び回って天異界でのみ生成されるエーテル結晶を採取していたのだった。そこで見つけたエーテル結晶や素材を用いてより強度の高い魔動器を作成し、その魔動器を用いてより多くのエーテル結晶や素材を探して集める。そんな生活をココとペルンの2人は何百年、何千年続けているだろうか。いや、幾千年の間はずっとそうやって暮らしてきていた。


 ココは、最近になってようやく予ねてから計画してあった『ちょーつよい従者計画』を実行に移すことにした。その計画とは自らの従者を増やし天異界の中央を目指すことだ。そのための要となる『ぶっちぎり魔動器人形』の完成度を高めるため、鎮めの日に合わせて狭間「白亜の海岸」までエーテル含有量の多い素材を探しに行っていたのだった。


 彼女の研究する魔動器人形はその基礎研究は既に済んでいるし、人形も最後の素材を除いては完成している。その最後の素材は生命力そのものであるエーテル核を精製すること。この生命力の程度が人形それ自体の強さを決定づけるものとなる。だから、エーテルの純度が高い素材がどうしても必要だったのだ。


「ペルン、腕を接続するからじっとしてて」


 ココは制御式を慎重に操りながら、ペルンの体を修復していく。研究室の診察用のベッドに横になるペルンに、簡易的な義手を取り付けるココを横目で伺う。


「ごめんね、ペルン。私も良く分からなくなっちゃってて……なぜか、絶対にあの結晶石を採らないといけないって、頭の中がそれだけになっちゃってた」

「気にすんじゃねえべ。ココが無事なら、ココのやりたいようにするのが良いんだべよ」


 ペルンは右腕でココの頭をがしがしと撫でる。ココの温かい体温が伝わってきてペルンは彼女を慈しむように、その頬を触った。


「ちょっと、ペルン。動いちゃだめだよ!接続がズレちゃいますっ」

「ああ。いや、すまねえべ」


 最後の制御式をペルンの左腕に展開し接続の操作を再開する。彼女の真剣な姿を視界のすべてに入れて、ペルンは狭間からの帰還を振り返った。


「いや~、すっかしよお、何とかなるもんだべなあ」

「当然です!何てたって私は大魔術師だからね。どんな困難だって乗り越えていきますよ!……ただ、あの結晶石の力が帰還を成功に導いたことも事実だと思うから。やっぱり善い石なんじゃないかな?」

「まあ、善い石かもすんねえし、悪い石かもすんねえ。どっちなのかっていうのは分かるもんじゃねえべ。んでも、その石で助かったのはその通りだな」

「ん!そうだよね」


 体の修復が完了し、ペルンは上体を起こして簡易的な義手をぐるぐると肩口から回す。ココはペルンの様子を見ながら「以前と同じように体を動かしても大丈夫です。でも、完全な修復は材料等の不足もあって十分には出来なかったから、あまり無理はしないでね」と、ベッドから下りるペルンに左腕の義手についての注意点を述べる。


「んじゃあ、俺は飛空艇から荷物ば運んでくっから。この研究室さ持ってくればいいんだべ?」

「そう!お願いしますね、ペルン」

「へーい」


 ペルンはココに付けてもらった左腕を掲げて、彼女に謝意を伝えた。

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