6話 蝕が破壊する全てのモノ


 呪文を唱えることでより精度を高めた領域魔法が、その組まれた制御式の指示に従って術者にその効果を届ける。ココが放った『ヴィニャーナ』は全ての真理を解き明かすための解析魔法だ。そして、その分析結果がイメージとしてココの脳内に情報を与えていく。


「え?……この結晶石、生きてるんだけど!」


 分析の魔術が信じがたい情報を少女に告げてくる。その信じがたい事実を受け止めるまで幾らかの時間を必要とした。


「はあ?石っころが生きてるわけねーべ。ほっだな気色の悪いもんは宝じゃなくて、呪詛そのものだべ」

「ちょっと待って!解析結果から言えば、新種のエーテル結晶石かもしんないよ。この結晶体自体がエーテルを生成して、それを内部と外部で循環させている。それって、生物の中枢部がそのまま保持されてるって意味なんだよね。だから、石でありながら生命体ってことになる!」

 鑑定を始めたココは、普段の冷静さが戻ってきたようだ。ペルンは安堵して彼女を見やった。

「まったく、ココはそんなにその石がいいのかねえ?ココに害がなければ俺は反対はしねえべさ」


 手を上げて、ペルンは降参したように頭を振った。


「ふふ。ありがと!でね、やっぱりこれは……とんでもない代物なんじゃないかな!」

「狭間ならではの代物ってか~?まっ、いーんでないの。ってことで、帰るべさ」


 きらきらと瞳を輝かせて話すココの話を止めたくはなかったが、ペルンにとっては鳴動を始めている狭間からの脱出のほうが先決だ。彼は無事な腕のほうでココを抱き上げると、一目散に今進んできた道を引き返す。「ん~。これは今までの常識を覆す大発見だよねー!ふふふ、やったね!ペルン」とココはペルンの脇に抱えられながら彼に笑いかけるが、


「ココ!早くこの場所さ飛空艇ば呼ぶんだべ。魔獣も妖異もいねえみてえだし、とにかく蝕が本格化する前に脱出だ」


 焦りを含むペルンの声にココはその虹色の結晶を胸元の内ポケットにしまい込んで、飛空艇を呼ぶ魔術信号を送った。魔獣や妖異といった外敵や不測の事態によって船が損傷するのを避けるために、飛空艇を安全な場所に退避させていたのだった。


「よおおっっし!!早く帰って、この未知の素材を分析しなきゃね」

「ああ、そういうことだべ」


 ココを抱えてたペルンはようやく瘴気の立ち込める空間から抜け出た。ココが結晶体を手にした途端に、その結晶から噴き出す腐毒瘴は止んでいた。ペルンは空を見上げて飛空艇が近づいてきているのを確認する。そして腐毒瘴の空間入り口に隠しておいた頭陀袋を取り出す。とにかく「蝕」が本格的に始まる前に、この狭間から脱出しなくてはならない。未知の結晶体も手に入ったわけだし―――ペルン自身の目的は果てせていないが、それは後日に情報元をとっちめればいい。だから、これ以上この地にいる理由はない。今は、ココを安全な場所―――ココの自宅に帰還することが第一の目的だ。


 飛空艇が着地し、荷物を詰め込む。ココは甲板に立っていて先ほどの結晶体をまじまじと眺めている。近づけて見たり、空にかざして見たりと―――



 大きな地鳴りが浜辺を揺らした。



 ココはバランスを崩し前のめりに舟の中に倒れてしまう。


「わっとと。こんなに揺れるなんて、びっくりなんだけど?」

「ココ!荷物は全部積んだべ!蝕が本格化する前に出発だ」

「あ、うん。船ちゃん3号、出港しよー!」


 と船の動力炉を稼働させがら、ココは狭間の空を仰ぐ。星屑の降る夜空はいつの間にか大きな渦がうねり始めていていた。彼女の手のなかにある結晶がどことなく光の強さが増したように感じられた。それを確認しようと結晶体を注視するなか、ココの長い髪が空に巻き始めた大渦に引っ張られるように逆立ち始める。


「あれー?これはちょっと、まずいかもー」

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