4話 瘴気に誘う。
地鳴りが響き渡った。
蝕が本格化してきたのだ。蝕が始まるにつれて夜空を流れる星が増えていき、浜辺に打ち揚げられるエーテル結晶も徐々に増え始めていく。
「おいおい、この地鳴りはヤバいやつだ。よし!帰るべ」
寝転がっていたペルンがいつの間にか立ち上がり、ココの頭陀袋を代わりに背負っている。彼は既に帰る気でいるらしい。しかし、ココはまだまだ粘るつもりでいるのだ。
「見て!あの岩場に何かありそうな気がするぞ。うん、絶対そんな気がする!よおおおっし、行ってみよう」
「ちょっ!ココ、蝕が始まってんだぞ。早く帰らねえと巻き込まれちまう」
ペルンの抗議を無視してココは足早に岩場の方角に走り出した。「おいおい、時間切れってやつだべ。早く逃げねえと帰れなくなっちまう」ペルンが慌ててココを掴まえようと駆け出したが、ココの足には届かない。
「ペルン、よく言うじゃない?ちょーすごい物は最後にあるってね!だから、前進あるのみだ!」
「いやいやいや、洒落になんねーぞ」
ペルンが代わりに持つ頭陀袋の分だけ身軽になったココは、自分が直感で感じた目的の場所を目指して一直線だ。「この感じはエーテル結晶?ううん、違う。なんだろう?もしかしてペルンの求める新種の種とかかな。でも、なんだか不思議なエーテル反応だ!」好奇心がココの脚をさらに加速させる。胸もドキドキしてきて、本当に何かちょーすごい物を見つけちゃったかもしんない!と気持ちが高ぶってくる。
浜辺から少し内陸に入ったところにココが引き寄せられている目的の場所があった。そこは灰色に染まった枯れ果てた岩場。そして、視界を遮るほどの黒紫色の腐毒瘴が岩場の空間を満たしていた。生物であれば決して足を踏み入れることがないであろう、その岩場に意気揚々とココは向かって行く。この場所には絶対何か良いものがあるはず!という確信を胸にして、鳴動する大地を気にすることなく―――
「っと、捕まえたべー!」
黒紫色の腐毒瘴の手前ぎりぎりで、なんとかペルンはココの手をとった。
「そっから先はダメだ。行ってはなんねー」
「違うよ!ペルン。私たちが求めるモノはあの先にあるんだよ。絶対そう。私が行かなくっちゃならない……感じがするんだよ!」
「ココ。この瘴気は誰が見たってヤバい」
その瘴気の色は見るからに毒々しく、触れたら絶対に命に危険が及ぶと誰が見たって分かるものだ。それを理解できないココではないはず。しかし、どうした訳か現在の彼女は我を見失っているかのように、冷静さを欠いている。だから、ペルンはココをしっかりと抱き寄せて、それから腰に下げている袋から魔動器の修理器具を取り出す。それを、ココの目の前で霧の中に放り投げた。
―――じゅっ
放物線を描いて霧の中に侵入したとたんに、その器具は泡立ち溶けて揮発してしまう。その危険性をココに視認させた。視認させたはずなのだが「むう~、息苦しいのだあ~」ココはペルンの腕の中から出ようと藻掻いている。
ペルンはその霧を見つめた。おそらく、ここから先が本当の狭間なのだ。何人も踏み入れることも、逃げ出すこともかなわない狭間の深奥が目の前に広がっているのだ。
「んもう!ペルンは本当にいうこと聞かないだもん。あの中に行かなきゃならないんだよー!」
何かに取り憑かれたかのようなココはペルンの諫言に耳を傾けない。まるで彼女は狭間の毒気にやられてしまったかのように、話していることがめちゃくちゃだ。
「ダメだべ!今回はここまでで切り上げだ。自分の命ば大切にせねばならねえ。それがユングッ……」ココの大きな瞳でペルンはハッと我に返り、その先のセリフを無理矢理に奥歯で噛み潰して別のものに変える。
「……まあ、俺はココの系譜に入ってねえからな。従者じゃねえから言うことは聞かなくていいんだ」
ペルンは別の会話に誤魔化せたことに安堵し、胸中で呟いた。「ユングフラフ・ニ―ベルのことを知る必要はない。ココは新たな命をもらったのだ。だからココは自分の道を進めばいい。俺の役目はこれからもずっとユングフラウの……ココの命を守ることだけなんだべ」と。
ペルンの腕から何とか顔だけを出したココはペルンに「離して~!」と叫んでいる。どうにも冷静な判断がつかないようだ。ペルンはココの言葉を無視して彼女を抱きかかえる。そして、帰途につこうと歩き始めた。
「ふふふ。ペルン!隙ありです」
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