ナナシ 神様の規約本 その10

 サンタを待っている間はする事がないので、仕方なくミュウとハチと、三人で町を見て回る。ミュウに質問攻めにされると面倒くさいので、気を紛らわせるのが目的である。サンタに渡しそびれたビデオカメラを持ったままなので、まさに観光客のようだ。

 ミュウは気の赴くままにあちこち連れまわすので疲れる。オープンテラスの喫茶店を見かけたので、そこで休憩をとる。

「ハチ、お前も疲れてないか。」

「…いいえ。」

 ここで気が付いたのだが、心なしかハチに元気が無い。もう少し休んだ方がいいのかもしれない。俺の頼んだアイスカフェラテさえ物珍し気に観察している、迷子案内予備軍、に提案する。

「行き当たりばったり過ぎるんだよ。もう少し計画的に行動しろよ。」

「なんかこう、あんたにだけは言われたくないって思えた。」

「…否定はしないが。まあ、俺が考えても、成り行き任せになるだろう。そこでだな、ここはどうやって時間を潰すか、ハチに決めてもらうべきなんじゃねーかな。」

「あの、私は、ミュウちゃんの、行きたい、所へ。」

 俺はミュウに目配せする。疎通がとれたのか分からないが、ミュウが閃く。

「ん、じゃあ、ハチが決めた場所に私も行きたい。」

 ハチが言葉に詰まる。これだけでは苛めているだけかもしれない。

「いきなり言われても困るか。むこうに町の案内板みたいな物があったよな。それを見て決めてみろよ。できるだけ説明してやるから。」

 ハチはおずおずとうなずく。来た道をほんの少し戻った場所、ここからでも見えるくらいの距離に案内所がある。見に行く事にするが、ミュウがついてこない。

「私がついて行ったら、顔色をうかがうんじゃないの?ここで待ってる。」

「一理あるかもしれないが、お前から目を離すのは、もっと恐ろしいのだが。」

「じゃあ、あんたが私の事を見てればいいんじゃない。すぐそこでしょう。」

「お前が動かなきゃいいんだよ。そこで大人しく待ってろ。」

 もっと釘を刺しておくべきなのかもしれないが、そもそも迷子になったとしても俺の知った事ではない、と考え直して、ともかくハチと二人で案内所の方へと向かう。案内板は、よくよく見てみればかなり詳細に書き込まれていて、これをいちいち説明するのは骨が折れそうだ、と感じる程だった。「この文字は?」というような質問から答えていくのは気が遠くなる。そのような気持ちを感じ取ってくれたのか、俺に何も聞かずに、ハチは一人で地図を見つめてぶつぶつと呟き始めた。学習しているのだろうか。あと、この呟きを聞いていると、一抹の不安を感じるようになってしまった。しばらくすると、ハチはすっと地図の一点を指さした。商店街、の文字がある。昨日行った場所だから、他に知らないという、ハチらしい回答ではある。が、ここでハチは指で商店街の通りを追っていくと、今度は、服屋、の所で止めた。

「なんだ、服が欲しいのか?」

「『あれぇ、また忘れちゃったのかナ。ほら、昨日、下着とか買ってくれたじゃない。』」

「いきなりなんだ。それってネネコの真似か。」

「服を、買ったんですか。」

「買ったけれども。」

 ハチが俺をじっと見つめる。というより、これはおそらく、睨み付けている。元気がない、というのは、楽観的な解釈であったようだ。ハチは機嫌が悪い。

「ネネコ、とは、どういう、関係、ですか。」

「関係っていう程、よく知らねーけど。興味本位で話に乗ってやっただけだからな。まあ、一緒に飯を食いに行く関係ではあるのか。」

「一緒に、服を、買った?」

「いや、服は一人で買いに行った。やけに服の事を気にするな。」

 ハチは一瞬言い淀むが、もごもごと呟くように、

「……し、し、下着、とか。」

 と言うと、真っ赤になってうつむいてしまった。ハチが自発的に口から出す言葉としては、かなり意外だった。

「そういう、事は、ミュウちゃん、が、許しても、私には、許せない、です。」

「なんだ?俺が下着を買うとなんかまずいのか?」

「え?いえ、その、それは、…ミュウちゃん、…も、……のに。」

 もごもごと言っていて、かなり聞き取りづらい。かろうじて聞き取ったが、何かミュウと関係がある事なのだろうか。ハチは俺とミュウに仲良くして欲しいと思っている節がある。ミュウにも服をプレゼントしてやれよ、とかそういう事か。そんな恥ずかしい事できる訳が、…いや、待てよ、ハチはネネコの事を女性だと認識しているはずだ。もしかして、何かひどい誤解をしているのではないか。例えば、俺が女性用下着を買い漁っている所とか。

「断っておくけど、俺が昨日買ったのは、男物の服だからな。」

 ハチは一瞬、きょとんとするが、何故かますます赤くなって、目を泳がせる。

「ど、どう、して、ですか。」

「どうして、そんな物が必要だったのか、って事か?」

「はい。」

 さて、どう説明したものか。今日会ったネネコと名乗った女は、昨日は血塗れのおっさんでした、と言って信じられるだろうか。さらに質問された時、あの残酷な光景を、よりによってハチに、話す必要があるだろうか。

「ネネコは男装してたんだよ。話を聞きたいのなら、汚れた服の着替えが欲しいなんて、俺にいきなり頼むから、見た目通りの服を買ってやったんだ。女だった事も、今日初めて知ったぐらいだ。」

 嘘は言っていない。ふと、サンタもこういう風に話しているのだろうか、と思った。

「本当、ですか。」

「本当だよ。」

 ハチは俺の顔を、改めてまじまじと観察する。見つめる視線から、俺の表情の変化、感情の機微を見極めようとしているのを感じる。少しの間、見つめ合ったが、やがてハチは息を大きく吐くと、

「信じ、ます。」

 と、納得してくれた。そもそも俺にはやましい所など全く無いのだから、何に納得したのかは謎だが。

「というか、質問に答えるために地図を見に来たわけじゃねーぞ。気になる場所はなかったのか。」

「分からない、です。」

 だろうな、とは思っていたが、ここで俺が閃いた。

「…そうだな、服屋っていうのは、悪くないアイディアかもな。」

「え?」

「ある意味、一目見て、一番気になった場所なんだろ。服も必要な物ではあるしな。買いに行ってみるか。」

「え、あの、」

「俺がネネコに服を買ったのが気に食わないのなら、お前らにも何か買ってやってもいいぞ。」

「行き、ます。」

 冗談交じりに言ったのに、急に乗り気になった。やっぱり、欲しかったのだろうか。正直、他人の服の趣味なんて、あまり関心を持てないが、口を滑らせてしまったのだから、仕方ない。

 行く先も決まったので、振り返って、ミュウの所在を確認する。もちろん、忽然と居なくなっていても、驚かない準備をしてから、だ。が、ちゃんと座って待っていたので、逆に驚いた。けれども、大人しくしていて何事も無かったのかというと、そうでもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る