ナナシ 神様の規約本 その9

 次の日、約束の時間に、例の路地裏に四人で向かう。ミュウは町を歩いている間、周りの物が珍しいらしく、しきりにきょろきょろとしている。

「落ち着いて歩けよ。はぐれても知らないぞ。」

 大きな建造物や、様々な品物の並んだ商店を見る度、感嘆している。田舎者丸出しである。

「近くで見ると、結構違うのね。」

 と、よく分からない感想も述べている。市内観光という名目で、置いて行きたかったが、後でまた不機嫌になられても面倒なので、さっさと連れて目的地まで進む。

 路地裏には不自然な程、人の気配が無い。改まって考えてみると、訳ありのように思える。ミュウのせいで時間に少し遅れてしまった。昨日、死体があった場所には、一人の女性が立っていた。かなり不審に思える。ぼさぼさの長い髪に、目の下に不健康そうな大きな隈をつくっている。左の手首に包帯を巻いているが、そこは隣について来ている奴の方が重傷なので、そんなものか、と思う事にする。そんな女がこちらに気付いて、手を振っていた。

「何、あれ?」

 ミュウも酷い言い草だが、確かにかなり不気味だ。女が近づいて来る。

「ちょっとだけ、来ないのかと思っちゃったヨ。来てくれて、ありがとう。」

 話しかけられる。見た事も無い相手だが、口調に聞き覚えがある。

「あれぇ、また忘れちゃったのかナ。ほら、昨日、下着とか買ってくれたじゃない。」

 正直、かなりギョッとしたが、見透かされないように堂々と話を合わせる。

「そういう風にからかいたくて、そんな格好してんのか。」

「気を悪くしたのなら、ごめんネ。それもあるけど、もちろん他にも理由はあるヨ。」

 独特な立ち振る舞いや仕草で、ネネコ、である事はすぐに直観できた。しかし、容姿はまるで、というより、はっきりと別人である。姿形を変える、何かをしている。

「おやぁ、一人増えてるよネ。そっちの女の子二人はどうしてついて来てるのかナ。」

「こいつらは俺に負けず劣らずに好奇心が旺盛なんだ。勝手についてきた方はともかく、昨日、あの場にいた奴には何が起きたか知る権利があるんじゃないか。」

「…あんまりたくさんの人を巻き込みたくないヨ。これから話す事を聞いたら、痛い目をみるかもしれないって覚悟はあるのかナ。」

 俺は望む所だが、こういう聞き方をするのは、おそらく彼女、なりの気遣いなのだろう。

「痛い目って言うのが、どういう目か知らないけど、さっさと話してくれない?」

 ミュウが迷いなく答える。ネネコを見る目から、俺を見る時とはまた違う、嫌悪感が伝わってくる。どうしてだろう、同族嫌悪だろうか?

「それじゃあ、まずは目的をはっきりさせておこうかナ。私がこれからやろうと思っている事、それは君達の記憶を消したあいつを可能なら生け捕りにする事だヨ。そのために、特にサンタさんには協力して欲しいって話。」

「何の話?」

「…ナナシさんから聞いてないのかナ。」

「面倒だったからな。こいつには構わなくていい。サンタ、お前には分かるよな。」

「昨日、カルマ能力を自分とナナシとハチに使った能力者を捕まえよう、と提案しているのではないか、と思う。」

「その通りだヨ。覚えてないかもしれないけど、私の見立てでは、サンタさんはあいつと互角以上に戦えるよネ。どうして、なんて野暮な事は聞かないヨ。私も自分の事について詳しく答えられないしネ。ただ、体感した人には分かるだろうけど、あいつは危険だヨ。気が付かない間に、何かされたのも思い出せない。サンタさんはそんな奴を野放しにできないんじゃないかナ?」

「今も誰にも知られずに、自分の周りの人の安全を脅かしている存在があるのならば許し難い、と思う。」

「協力してくれるって事かナ。」

「訂正する。協力は断りたい、と思う。わざわざ自分から排除に向かうのは過剰だ、と思う。ナナシやハチに危険が及ぶのなら、その都度自分が守ればいい、と思う。」

「ありゃ、交渉決裂かナ。やっぱり、ちょっと虫のいい話だったネ。」

 ネネコはあっさりと引き下がる。

「いや、いいんだヨ。元々、ナナシさんがあんまり事情を聞かずに、私の話を聞いてくれたから、もしかしたら助けてくれるかも、と思っただけだしネ。これ以上、深入りせず、忘れた事にした方がいいヨ。」

 こう言われると、うずうずとしてしまうのだが、サンタにも考えがあって答えたようだし、俺も口を挟まないようにする。

「話を聞いてくれて、ありがとう。でも、十二月二十五日と名乗る子供にまた出会ったら、今度はすぐ逃げた方がいいヨ。」

「十二月二十五日?」

 サンタの顔つきが変わる。何か思う所があるような、訝しい、といった表情である。

「何か覚えているのか?」

「よく覚えていない。しかし、おそらく、聞き覚えがある、と思う。」

 思い出そうと頭をひねっているが、どうも駄目らしい。

「こちらから提案したい、と思う。あなたの目的には協力できない、と思う。けれども、十二月二十五日と名乗る存在には会ってみたい、と思う。」

「それは、会ってみれば気が変わるかもしれない、って事でいいのかナ。それなら、願っても無い事だけど。」

「保証はできない。」

「サンタさんは正直だネ。」

 とりあえず会ってみよう、という実に俺達らしい結論に着地するようだ。ネネコが話を進める。

「会ってみれば、もしかしたら、何か思い出すかもしれないしネ。ただ私にできるのは、あいつがよく出没する場所に案内する事で、確実に出会えるとは限らないのと、出会えばそれなりに危険かもしれないって事は、大丈夫かナ?」

「自分は構わない。」

 俺も乗り掛かった舟だし、野次馬根性で見に行く事にする。

「よし、それじゃあ、案内してくれ。」

「ナナシ。」

 が、サンタに呼び止められる。

「これは自分の個人的な理由で提案した事なので、ナナシやハチとミュウも巻き込みたくない、と思う。自分一人で行かせて欲しい、と思う。」

「水臭いぞ。俺が面白そうだと思ったから、ついて行くだけだって。」

「自分が一人で行くべきだ。」

 先に言い切りやがった。それだけ思う所があるのだろうか。しかし、よく覚えていない事が嘘ではなくて、一人で行くべきだ、という確信はある、というのは、都合がいいような、なんかずるい。

「分かった。考えてみれば、昨日は俺が勝手に行動したし、これはその結果だ。潔く信じてやるよ。」

 サンタを信用して、送り出す事にする。ネネコが最終確認をとる。

「サンタさんは、ちょっと気になるからついて来てくれて、他の人は巻き込みたくないから置いて行く、でいいのかナ?私もそれでいいとも思うけどネ。」

「それでいい。」

「後ろの女の子達には、私からもっと説明した方がよかったかナ。」

「サンタが言い出したら、どうこうしようも無いからな。すぐあきらめるだろ。」

 と、ここでネネコが、俺だけに聞こえるように声を小さくする。

「なんだか、ご機嫌斜めって感じだけど、本当にフォローしなくて、大丈夫かナ。」

「気にするな。いつもの事だからな。」

「…ご愁傷様。」

 ネネコがサンタの方に向き直る。

「それじゃ、サンタさん、案内するネ。と、そういえば、私の名前も聞いてないのかナ。改めて自己紹介しておくヨ。私の名前は、」

 俺はミュウの方をちらっと見る。

「ネネコって言います。よろしくネ。」

 こうして、サンタだけがネネコについて行く事になった。去り際に、何も問題がなければ、夕方にまたここで落ち合う事を確認して、二人はどこかへと向かってしまった。後をつける気は、湧かない。

「ねえ、結局、なんにも分からなかったんだけど、サンタは何をしに行ったの?」

「知らねーけど、サンタにも何か事情があるんだろ。黙って信じてやれよ。どうしても気になるなら、お前が後でサンタに聞けばいい。それが一番、信用できるんじゃねーのか。」

「それもそうね。」

 ミュウの機嫌はころころと変わる。これに気を揉んでも仕方ない。

「そういえば、お前、ネネコには名前を付けなかったな。随分と嫌っている風だったろ。」

「気味が悪いから。」

「ああいうタイプが苦手なのか。」

「だって、あれ、もう死んでるでしょう。死体に名前は付けたくないもの。」

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