花火のような美しき人よ
高校生が勉強する内容かと思えるほど、ハイレベルな授業だった。
高校一年生で、中堅レベルの私立の大学に合格できるほどの勉強量であり、
課題、小テストに追われる毎日だった。
授業は8時間目まであり、昼休みと体育の授業が唯一の息抜きの時間だった。
学校選び間違えたかなっと少し後悔した。
そんなハードな日々ではあったが、
土日になると、莉奈とデートしたり、ノリやショウゴと梅田に出て、カラオケやボウリングを楽しんだりと、
高校生ライフを満喫していた。
1学期の地獄の期末テストとも終わり、夏休みが始まった頃、
ショウゴからメールが届いた。
「今度、みんなで遊びに行こうや。」
8月上旬に毎年行われる淀川花火大会に行こうという話だった。
私も行ってみたかった花火大会だったので、行くことにした。
いつもショウゴが中心で決めることだったから、ノリは確定として、他に誰が来るのか、聞かなかった。
花火に行くことを莉奈に話したら、私も行きたいと話してきたので、
ショウゴにメールで伝え、莉奈も連れていくことにした。
花火大会の当日、私は地元の駅で莉奈と待ち合わせをした。
雲ひとつない快晴で、いい天気だった。
太陽が熱い日差しを照らしくる中、蝉の鳴き声が聞こえてきて、
夏の感じさせてくれる。
私はダークグレーの甚平を着て、黒のサンダルを履いていた。
財布を巾着に入れて、莉奈を待つ。
駅前のロータリーで、複数の浴衣姿のカップルを見ていた。
『俺もあのカップルと一緒か』
自分もリア充中かと思ってた時、左側の自転車置き場から、
水色の朝顔模様の浴衣を着た莉奈がやってきた。
髪型は、団子ヘアで、耳元はいつも違う煌びやかな宝石だちが光るピアスをしていた。
いつもバッチリな化粧ではなく、ナチュラルに仕上げ、大人っぽい女性へと変わっていた。
いつもと違う莉奈に、胸の鼓動が高まり、なんて声を掛けようか迷った。
「カミジュンおまたー!暑いのに待たせてごめんね!」
いつもの莉奈の口調だったので、拍子抜けした。
緊張した私がバカだと思った。
私と莉奈は、地元の駅から快速電車にのり、大阪駅に向かった。
電車の中も、浴衣姿の家族やカップルが多く、いつもより涼しく感じた。
莉奈は、私の友達に初めて会うから、少し緊張しているようだ。
待ち合わせは大阪駅から歩いて、阪急梅田駅の改札近くにあるビッグマンと呼ばれる
大きなディスプレイの前で待ち合わせだった。
淀川花火大会は、名前の通り一級河川である淀川で、十三大橋と淀川大橋の間で打ち上げられる。
鑑賞ポイントは複数あるが、阪急電車の中津から向かうのが、本会場もあって見やすい場所だ。
この日の中津の本会場近くで見ることになり、阪急電車で向かうことにしたのだ。
ビッグマンに向かうと、ノリとしーちゃんがいた。
ノリはポロシャツに短パンと普段着で来ていた。
ノリらしく見た目には拘らないのだろう。
しーちゃんは、ひまわり模様の黄色の浴衣を来ていて、髪型はもともとショートヘアなので、左側に花飾りをつけて、
夏祭りの雰囲気を出していた。
ただ外せないのだろう。
メガネはバッチリとかけていた。
「じゅん!こっちやで!」
「じゅんちゃん。彼女連れてきたの?」
「しーちゃんも呼ばれてたんか?こちらが俺の彼女の莉奈やで。」
「初めまして。小学生のからの友達の詩織です。しーちゃんってみんな呼ぶよ。こっちはノリ。私はノリに誘われてきたよ。」
ノリは、しーちゃんと地元の友達と遊んでいた時、私と花火大会に行くことを聞いて、来ることになった。
軽くみんなで自己紹介を行った。
莉奈は、女子であるしーちゃんがいたことで、緊張が解けた。
あとはショウゴが来るのを待つだけだった。
「みんなお待たせ。」
私は声のする方に目をやると、
ショウゴの横に、一人の浴衣姿をした女性と一緒に歩いていた。
青紫の生地に赤やピンク、青の蝶模様が際立つ浴衣をきていて、
前髪を少し垂らし、後ろに大きく編み込みをした髪型をしている。
背筋が伸び、うなじがくっきりと見えている。
遠くから見ても、大人っぽくて綺麗な人だとわかった。
そして近づいてくると私は目を見開き、握っていた莉奈の手を強ぐ握りしめた。
莉奈は、不思議そうに私を見た。
ショウゴは咲良を花火大会に誘っていたのだ。
「ショウゴ遅い。てか咲良連れてきたんかい。」
「なんか女子が来ることになったから、俺の彼女も誘おうと思ってな。」
「初めまして、彼女の莉奈です。」
最悪だ。
もちろん莉奈は何も知らない。
咲良は、真顔になり、呆然としていたが、すぐに気持ちを切り替えたのか、
笑顔を作り、莉奈に挨拶をした。
「はじめまして、咲良です。莉奈さんとやっと会えて、嬉しい。じゅんくんとはノリやしーちゃんと一緒で、小学校からの友達よ。」
「そうなんだ。てか咲良ちゃんめっちゃ大人っぽい。なんかモデルみたい。綺麗やね。」
「莉奈さんありがとう。莉奈さんも目がぱっちりしてて、大人っぽいね。」
「莉奈でいいよ。カミジュンの小学校の友達は、みんな明るくて、話しやすいね。」
莉奈は笑顔で私の方を見た。
私は、苦笑いで莉奈に返した。
まさか咲良がいるとは。
花火大会を楽しみにしていたが、それどころではなくなってきた。
そんな私のソワソワした感じを察したのか、しーちゃんは忍び足で、私の横に近づいて、
「だいじょうぶ。私がなんとか場を繋ぐから、莉奈ちゃんの横から離れないように。」
そのあと、またもや忍び足で、咲良の元に近づいて、コソコソ何かを話しているところ見た。
しーちゃんは、咲良のことで何か知っているな。
みんなの顔をキョロキョロしながら、誰よりも気を配っていたのがわかった。
特に莉奈と咲良のことを見ていた気がする。
それにしても、咲良が「やっと会えた」って話してたな。
あれはどういう意味なのか。
昔から知っていたような話し方だった。
小学校の頃の話や、高校の話をしながら、電車で中津の花火が見える場所まで向かった。
しーちゃんが、私と咲良の話になると、登下校の話や、お互いの関係性の話にならないように、
違う話にすり替えてくれた。
ここまで気を使うということは、やはりしーちゃんは知っているなと確信した。
何事もなく、中津の会場に到着。
河川敷の近くには多くの屋台と人でいっぱいだった。
私たちは、早めに座れる場所を確保するため、食べ物や飲み物を適当に買い、人が少ない場所を探した。
河川敷といっても、野球ができるグラウンドがあるほど広い公園のような場所だ。
20分ほど歩いて、やっと座れる場所が見つかり、レジャーシートを広げて座った。
どうしてもカップルが二組もいると、恋愛の話になるのは仕方がなかった。
特に今日はノリが空気の読めない人になっていた。
私と莉奈がいつ付き合ったのか、どっちが告白したのか。
単刀直入に聞いてきた。
私は、莉奈との恋愛の経緯を簡単に説明した。
ノリは意地悪な表情で、笑みを浮かべながら私の話を聞いている。
莉奈は少し恥ずかしそうにしながらも、幸せそうな表情で、私と莉奈との思い出話に花を咲かせていた。
聞きたくなかったのか、咲良としーちゃんは、時折周りにいた人の顔を見たり、
食べ物や飲み物に手をやり、聞き流すふりをしていた。
もちろんショウゴと咲良の恋愛の話にもなってきた。
私が初めて聞く話だ。
聞きたくない気持ちと咲良の過去を知ることができる好奇心で、
板挟みの心境だった。
「ショウゴと咲良はいつから付き合ってんの?」
「俺と咲良が付き合い始めたのは、中3の秋の文化祭の時かな」
「じゃあ〜もうちょいで一年ってところか。どっちが告白したん?」
「俺から告白したよ。みんながいない校舎の裏に誘ってな。けどすぐには返事くれなくてな。」
「まじで。どれぐらい待ったん?」
「えーとな。約1年以上かな。」
「え。そんなに返事待ってたん。てか、咲良返事出すの時間かかりすぎちゃう?」
ノリはズカズカと踏み込んでくる。
私も聞きたかったから、空気の読めないノリに、自然と親指を立て、「ナイス」と心の中で思った。
咲良はとても恥ずかしそうな顔をしている。
しーちゃんは、おでこにシワを寄せて、眼鏡越しでもわかるほど、目をつり目にして、ノリを睨んだ。
「ノリ。咲良ちゃんが恥ずかしがってるでしょ。そんなことまで聞かないの!デリカシーないんだから。」
「うるせいよ。気になったから聞いたんや。しーちゃんも今後のために聞いてた方がいいんちゃう?まずしーちゃんが告られることがないか。」
しーちゃんは、ノリの背中に叩き、花火でも打ち上げたのかと思うほど大きな音を立てた。。
珍しくノリが蹲った。
相当痛そうな顔している。
正直、なぜ一年以上も咲良はショウゴの告白を断り続けたのか気になった。
ショウゴ曰く、咲良は恋愛をする気にはなれなかったけど、ある時、恋愛してもいいかなって思って、付き合うことにしたようだ。
話が盛り上がっていた頃、莉奈としーちゃんがトイレに行った。
咲良はだいじょうぶと伝えて、その場に残った。
すると、ノリはまだお腹が空いているのか、食い物を買いに屋台にいこうと行ったら、
ショウゴもお腹が空いたようで、一緒に行くと言い出した。
私も行くと伝えたが、咲良ひとりじゃ不味いからそこにいてくれと頼まれ、
私は残ることになった。
まさか咲良と二人っきりになるとは、想定していなかった。
私と咲良は間に二人が入るほど距離を取っていた。
何を話したらいいのか、わからなかった。
私は、前を向きながら、向こうがらの河川敷を見つめていた。
咲良からも特に何も話してこない。
気まずい空気。。。
ふと咲良は、持ってきていた巾着を開けて、中に入っていたハンカチを取り出し、汗をぬぐい出した。
頸あたりから耳裏あたりをなぞるように拭う。
私はつらっと横目でその姿を見て、私は身体を熱くさせながら、体育座りになった。
俺はバカか。莉奈がいるのに。
と思いながら、咲良の首元から巾着の方に目を向けた。
そこには化粧ポーチと財布が入っていたが、もう一つ光るものが見た。
まさかまだ持っていたのか。
それよりもまだ身につけているのか。
私は、ありえない光景に目を見張った。
「まだ身につけてくれてたの?」
私は、咲良に優しく声をかけた。
咲良は、慌てて、ハンカチを仕舞い込み、隠すように巾着の紐を閉めた。
咲良は下を向きながら、黙っていた。
少しだけ身体が震えているような気がした。
そして咲良は、瞳を光らせながら、私の方を見て、
「私をいつも見守ってくれた人からの大事な思い出なの。」
「はずすわけないじゃない。」
ドン
ヒュ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
バーーーーーン!
夜空に一輪の花火が、舞い上がった。
色とりどりの花火が、咲き始める。
私は、明暗が交互に広がる夢のような空間に挟まれながら、
花火ではなく、咲良の顔を見ていた。
思い出してしまった。
思い出してはいけなかったのに。
漆黒の美しい髪が花火の光で、美しく色移り、
咲良の横顔が、華やかに輝いていた。
本当に綺麗な人だ。
その表情は、優しい目をして、笑みを浮かべている。
また泣いているのかな。目がいつも輝いている。
咲良は、花火ではなく、私を見つめていた。
君は今も僕のことを思っているのですか。
お互いが過去の情景を鮮明に思い出していたのだと私は思う。
「おぉーもう花火始まっちまったな。」
「やっとたどり着いた。本当、トイレ混んでるね。」
「食べ物買ってきたから、食べながら、花火見ようぜ」
「カミジュンお待たせ。花火綺麗だね。てかおっきい!間近で見ると、迫力あるー!」
「さっちゃん(咲良)待たせたな。トイレ行かなくてよかったか?」
四人とも同時に帰ってきた。
私と咲良は、瞬時に花火の方見て、みんなと会話を合わせた。
まるでなにもなかったかのように。
その日は、大混雑、大渋滞の帰り道に、押し競饅頭状態で、何時間も拘束されながら、
みんな離れないように手を繋いで、帰った。
左手には、莉奈。右手には、咲良だった。
複雑な心境であったが、お互いを守るように、手を握った。
そして、お互い手を握り返してきた。
莉奈が握り返してきたことは、よくわかる。
でも咲良が握り返してきたのは、どんな意味が込められているのだろうか。
その謎はわからないまま、梅田に着いた後、
またみんなで遊ぼうと約束して、私と莉奈以外はバラバラになった。
莉奈は、帰りの電車の中で、今日は楽しかったねって話した。
そして、咲良とは昔何かあったのと聞いてきた。
莉奈なりに何か違和感を感じていたのだろう。
しーちゃんの苦労も水の泡だなと思った。
「なにもないよ、突然彼女はみんなの前からいなくなったんだ、その理由はまだ知らないけど。」
私は、本当のことを話さず、ノリもしーちゃんも経験した咲良との関係を話した。
莉奈は、高校生になって再開できてよかったねと言ってくれた。
私の前でしか見せない優しい一言だった。
その一言が、今の私にとって、心が張り裂けそうなほど辛くて、重い言葉だった。
電車の中から見える夜の外灯を眺めながら、
薄っすらと窓から鏡のように反射した自分を見つめる。
咲良のことを思い出してしまった。
そして、咲良も昔と同じ表情で私を見つめていた。
お互い忘れられないんだ。
どうしたものか。
莉奈から伝わる手の温もりが、愛らしく、
私の胸に突き刺さってくる。
咲良の気持ちを知ることなく、夏休みが過ぎていくのだった。
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