始まりは些細な出来事から

この年は、野球界が大きなイベントで盛り上がっていた。


生粋の大阪人にとって、忘れてはいけないのは、阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝した。

当時の監督が胴上げをしている姿はテレビ越しで今でも覚えている。

外では、号外が飛び交い、私の父親や兄がそれを持ち帰り、みんなで祝いあった。

この時私は、初めてみた。

大阪市難波にある道頓堀にある道頓堀橋、通称引っ掛け橋ではある現象が起きる。

リーグ優勝を祝い、何人も汚れきった川に飛び込み、救急車で運ばれるニュースをよく見かけたものだ。

野球だけではなく、サッカーのワールドカップで日本が試合に勝つたびに、大阪人は飛び込む。

大阪全体が歓喜に包まれる時、感謝を込めて、川に飛び込むのだ。


もちろん私は飛び込んだことはない。

だって、汚いし、危険だから。

人は感情が有頂天にまで高まると何を仕出かすか分からない生き物だ。


ただいいニュースは、スポーツぐらいしかなかったかもしれない。

時事ニュースは、2001年9月11日にアメリカで起きた同時多発テロの影響で、

アメリカとイラクでは、全面戦争真っ只中だった。


テロが起きた日は、寝ながらラジオを聞いていた。

当時は、音楽を聴くには、レンタルショップで借りるか、CDショップで買うか、

どちらかの手段しかなく、現代のように、ネットで簡単にPVを聞いたり、音楽提供サービスで、

好きな曲を聴くといった方法はなかった。

ラジオにかじりつくようにMDコンポに耳を傾けていた時に、

アメリカに二棟あるワールドトレードセンターに飛行機がぶつかったというニュースを聞いた。

飛び起きて、リビングにあるテレビから中継映像を見て驚いた。

最初は飛行機の事故ではないかと解説者が説明をしていたが、次の瞬間

もう一棟の方にも飛行機がぶつかったのだ。

解説者はこの時初めてテロという言葉を使った。

私は鳥肌が立った。

映画のような残酷なシーンが、現実に起きている。

半信半疑でありながらも、生の映像は、私に衝撃を与えた。


この時から世の中では、テロという言葉に敏感になり、

世界中では、よくテロ行為が頻発しているような混沌として世情であった。



私は、日本の平和ボケに染まり、このような世の中に対して、高校生が友達同士で話し合うようなことはまずなかった。

しかし、世界史が好きで、戦争映画をよく見ていたせいか、私なりに深く考えていたと思う。

人種間での争いが始まり、国家間戦争、同国での内紛戦争、にらみ合いの冷戦、そしてテロ組織が起こす戦争。

戦争とはひどいものだ。

無関係な人に死をもたらす。

悲しみの連鎖は怒りに代わり、歴史は繰り返す。


全ては思想の違い、信念の違い、宗教の違いから生まれる。

考え方の違いは、人と人を切り離す。

平和ボケしている日本でも、実は身近に小さな戦争が起きて、人を殺しているのかもしれない。

それを【戦争】と言っていいのかわからないが、戦い、争いが起きたら、もう【戦争】だ。



そんな哲学的なことを考えながら、

イルミネーションで飾られた駅前の風景を眺めている。


師走の寒い冬を、ホットレモンティーを片手に、手を温めながら、莉奈と駅のロータリー付近で待ち合わせしていた。

お互い別々の高校ではあったが、

莉奈は友達といつも遊んでから、

私の学校帰りの時間に合わせて、駅前で待ってくれる。



「クリスマスはどこにデート行く?」

「せやな。ユニバとかいいんちゃう?」

「ユニバいいね。私まだ言ったことないわ。」

「なんかデッカいツリーのイベントあるみたいで、めっちゃ綺麗らしいで。」

「知ってる知ってる。私も一回見てみたかってんな。」

「じゃあ〜ユニバでも行こうか。」



この時は、クリスマスという大イベントを楽しみたいと、

莉奈と二人で楽しげに帰っていた。



夏の花火大会の後も、

莉奈との関係は特に問題なく順調に進んでいた。

私と咲良だけで起きた出来事は、誰も知る由もなく、

学校での生活は相変わらず、今まで通り、友達との関係性を崩すことなく続いていた。



ただ塵も積もれば山となるということわざがあるが、

複雑な思いは、大きな山となり、簡単に解決できない問題へと引き寄せていく。

ふとしたきっかけで、一人一人の想いが交差し、大きな壁へと変貌していった。

私たちは、お互いの気持ちが目に見えない壁にぶつかり、

小さな『戦争』が始まろうとしていた。




2学期の期末テストが始まろうとしていた12月の中旬ごろ、

放課後にショウゴから声をかけられた。

ノリやしーちゃんも混ざり、深刻そうな面持ちで、私たちをみていた。



「ショウゴどないしたんや?」

「3人に相談したいことがあってさ。」

「なんや相談て。」

「実はさっちゃんが最近思い悩んでいるようで、聞き出そうと思っても、教えてくれへんし、

しつこく聞いたせいか、黙り込んでしまって、ちょっと話しづらい状態になってる。」


3人はお互いに顔を見合せた。

咲良のことだったら、私たち3人が呼ばれるのは納得した。

私たち3人は、ショウゴに質問しながら、思い悩む原因を探り出した。


「咲良ちゃん、いつぐらいから悩みだしたの?」

「多分1週間前ぐらいかな?」

「思い当たる節はないの?咲良が嫌になるようなことをしたとか?」

「俺には検討がつかん。いつも通り、放課後一緒に帰ったり、たまに遊びに行ったり、いつも通りやけど。」

「それはショウゴが気づいてないだけちゃうん」

「そうかも知れんけど、いきなり悩みだしてんで。」

「どんな風に?」

「いつも通り放課後一緒に帰って、別れてからも、メールしてたけど、次の日になると明らか暗い表情になったから、家で何かあったんかなと思って。」



ショウゴの話を聞いていると、家族関係のことで何かあったんだと察した。

付き合っているのに、ショウゴには全て話していないのかと思った。

一回確認した方がいいなと思い、質問してみた。



「家のことは、咲良から聞いていたりする?」

「いや、ほとんど聞いたことがない。」

「咲良の家族とは、離れ離れになったみたいで、今は親戚に引き取られている。」



咲良は結局母親と別れたのだと思った。

本当にひどい母親だった。

思い返しても虫唾が走る。

正直、咲良は昔よりも安全で安心に暮らせているのだと思い、内心安堵している。



「そうなんや。」

「でも昔から家族の話はほとんどしてこなくて、中学の時も家族関連で、

思い悩んでいた咲良に話を聞いたり、俺なりに励ましたりして、

ずっと気にしていたから、また家族のことで思い悩んでいるのかなと思って。」

「ショウゴくんには、教えてくれないの?」

「そこは教えてくれない。寂しいけど、そこは俺でも入り込む余地がない。だから、小学校の友達やったら、何か話してくれるかなと思って。

話さなくても咲良が気楽になるならそれでいいと思って。」



ショウゴは真剣に私たちに訴えてきた。

私たちは、咲良励ましプランを作成し、

まずはしーちゃんが咲良に声をかけて、話を聞いてみること。

それで解決しなかったら、咲良も含めた小学校同期メンバーで、

放課後遊びに行くこと。




次の日の放課後。

早速、しーちゃんが咲良を連れて、

帰り道の梅田により、クロワッサンの美味しいカフェに寄り、

話を聞き出そうと試みた。



だが、逆に咲良に気を使わせてしまうことになり、

咲良は作り笑いをして、より塞ぎ込むようになってしまった。

失敗したのだ。



しーちゃんが落ち込む羽目になり、

本来咲良を元気付けるはずが、しーちゃんを励ますという

本末転倒の流れになってしまった。



とりあえず期末テストが終わった日に、

私とノリ、しーちゃんを含めた4人で、

放課後遊びに行くことにした。

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