理想と現実の狭間で。

京都に引っ越してから、何日たっても、咲良から手紙が届くことはなかった。

咲良に何かあったのかなと心配する日々だった。

3週間ほどたった頃だろうか。

ノリから電話が掛かってきた。



「じゅん、久しぶりやな!元気にしてるか。」

「ノリ、久しぶり。元気にしてるよ。」

「友達はできたか?」

「友達できたよ。すごく仲の良い友達ができた。」


私はノリに女子からいじめられていることは、話そうと思ったが、

心配させるわけにはいかないと思って話さなかった。


「じゅんさ。話さないといけないことがあんねん。」

「どうしたん?」

「さくらがさぁ。引っ越していなくなった。」



私は、手に握る受話器を力強く握りしめて、唖然とした。


「嘘だ!なんで!なんでさくらがいなくなったの?」

「先生からは家庭の事情でいなくなったとしか教えてくれないんよ。ちょうど土日の休みの日には引っ越していなくなってて。引っ越す前の平日は、ずっといなかったんやけど、まさか引っ越してるとは思わんかった。しーちゃんもそのこと知らなかったみたいで。」

「わかった。教えてくれてありがとう。。。」

「じゅん、落ち込むなよ!何かわかったら、すぐに教えるからな!」

「ありがとう。じゃあまたね。」


私は、手を震わせながら、受話器を置いた。

そのまま自分の部屋に戻って、泣きじゃくった。


私の母親はそれに気づいて、声をかけてきた。

私は母親に咲良がいなくなったことを話して、

しーちゃんの母親や他の人に聞いてくれたけど、真相はわからないままだった。



その日から私は毎日、キーホルダーを見つめながら、

祈るように夜空を見ながら手を合わせた。



さくらはどこで何をしていますか。

元気に生きていますように。

母親と仲良くしていますように。

またいつか必ずさくらと会えますように。



願うことしかできなかった。



私は、当時女子にいじめられている真っ只中。

どんなに嫌なことがあっても、私は手紙とキーホルダーを心の支えにして、

耐え続けていた。



半年が過ぎようとした時、学校のいじめが収束し、

いじめられている私も、じっと耐えて何もしなかったこともよくなかったと反省し、

前に進もうと思った。



その時、咲良の為に祈っていたことが、逆に自分が現実から逃げるように祈っていたことに気づく。

くよくよしてても仕方がない。

咲良ももう前に進んでいるはずだ。

こんな弱い自分を見たら、咲良は悲しむに違いない。

咲良の行方を知らないままではあったが、私も強く生きないといけないと思い、

手紙とキーホルダーを机の大きな引き出しに仕舞いこみ、今を生きるように決心した。




私は、ノリに会いに、住之江区に向かった。

半年間ほどノリは私のことを落ち込んでいるのか、心配してくれていた。

久々にノリの家に向かい、家族と犬のハッピーに挨拶した。

ノリにはゲームしながら、学校でいじめられていたことを話した。

ノリは、すごく驚いた表情をしていて、私の代わりに怒ってくれていた。

終わったことだから、これからは私もいじめられないように、自分の意見をはっきり言って、

新しくできた友達を信用して助けてもらうと伝えた。

ノリも安心してくれて、じゅんなら大丈夫、じゅんならできると励ましてくれた。

そして咲良のことは心配だが、メソメソしてても仕方ないと思い、私もこれから頑張っていくと伝えた。

お互い頑張ろうと決め、いつかまた会えることを約束して、ノリの家を後にした。




昨日、莉奈に告白されたことで、前に進んでいたと思っていた自分が、

いまだに咲良のことが引っかかっていることに気づいた。

咲良がいなくなったことを思い出しながら、

私はほとんど寝ることができずに、朝を迎えていた。




学校の教室で、授業中に莉奈と目があったが、すぐに目を逸らして、黒板の方に目をやった。

私は、早く答えを出してあげないといけないと内心焦っていた。

自分で判断しないといけないと思っているが、どうしたらいいかわからない。

まだ咲良のことが引っかかっているのだ。



午前の授業が終わった時、真司に時間があるか声をかけて、

みんながいない美術室の教室で、真司とご飯を食べながら、

昨日の莉奈の告白と決めきれない自分の気持ちを相談した。



「カミジュンはどうしたいんや?そもそも好きって気持ちはあるん?」

「莉奈に対して、好きって気持ちはある。恥ずかしいからなんでって言われても答えられんけど。」

「そんなの俺も聞きたないわ。そんなん気持ち悪いわ。で、好きって気持ちがあるなら、付き合ったらいいやん。何をそんなに悩むねん。」

「話したことなかったけど、実は小学校の時にすごく大事な女の子がいて。。。。。。。」



私は、この時、真司に咲良との経緯を話した。

もちろん母親のことは話さなかった。

話してもよかったが、ノリやしーちゃんにも話していなかったから、

登下校の話や、お互いが好き同士であったことなど、

話せる範囲で咲良との関係性を話をして、

突然いなくなったことを話す。



「そんなことがあったんか。まるでドラマ見たいは話やないかい。その子のことが忘れられんのかい?」

「忘れられないというか、引っかかっていて、もう3年も前の話やけど、咲良が今どうなってるのかとか、まだ俺のこと好きなのかとかすごく引っかかる」

「でも連絡取りたくても取れない状態やろ。咲良って子のこと俺はわからんけど、今、カミジュンのこと見てくれてるには、莉奈ちゃうんかい?」

「たしかにそうや。それはわかってるけど、咲良のことが頭に過ぎりながら、付き合ってもいいもんかなって思って。」

「なにいうてんねん。俺もな、恋愛はしたことないからよくわからんし、女子の気持ちもわからん。せやけど、もしおれが咲良やったとしよう。

カミジュンに連絡取れない事情があるなか、咲良って子もそれなりに覚悟しているはずや。それに私のことを忘れてほしいと思っているかもしれない。

仮に忘れてほしいとまでは思っていなくても、私のせいで先に進まないカミジュンを見て、その子は逆に悲しんでいるはずや。

つまりや、莉奈のことが好きやと思う気持ちと付き合いたいと思う気持ちがあるのであれば、付き合えばいいと思う。

親友として、カミジュンが昔のことで、前に進んでいないことがおれは嫌や。」



真司はおれに対して、真摯に話を聞いてくれ、思っていることを話してくれた。

莉奈と小学校から知り合ってから、莉奈はいつもおれのことを気にしていた。

中学生になってからは、クラスは違えども、よく私に声をかけてくれた。

真司と喧嘩した時や、些細な意見の食い違いで、女子とうまくいっていなかった時に、

私の相談に乗ってくれて、助けてくれた。

少なからずまだまだ女子に対して抵抗があり、どこか自分から距離を置く習慣がついていた。

そんな私に対して 莉奈は優しく寄り添ってくれて、好意を抱き始めていたのは事実だ。

心の拠り所として、莉奈に助けを求めていたのだ。



「真司わかったよ。今日、莉奈に声をかけてみる。」

「答えはカミジュンしかわからんから、どんな結果でもおれは何も言わない。ちゃんと告白に対して、答えてあげや。莉奈は待ってるで。」




その日のホームルームの時、昨日起きた喧嘩の話をし、先生の代わりに喧嘩したいなら他の人は巻き込まないように注意をした。

そして、帰る前に莉奈に長岡公園に来るように伝えた。



私は、真司や他の友達と公園の近くで別れて、公園内の待ち合わせしたベンチに向かった。

そこには、莉奈が先についていた。

ベンチに座りながら、足を少し揺らして、浮き足立っていた。


「莉奈お待たせ。結構待たせた?」

「カミジュンそんなことないよ。私も今ついたところ」



莉奈とは思えないほど、丁寧な言葉遣いだった。

普段は関西弁と京都弁が混ざり合い、愛嬌がある方言で話してくれるのだが、

今日は緊張のあまりか、標準語で話してくるので、違和感を感じる。



「昨日の喧嘩の話、なんでおれが代わりに注意しないとあかんねんって思ったわ。」

「そうだね。先生が話せばよかったのにね。」

「ほんまやで。おれがいったところで、あの二人が格闘技ごっこ終わるわけないのにな。」

「たしかに。あの二人本当に格闘技好きだもんね。ただ女子がいないところでやってほしいな。」



なんても話づらそうに莉奈は話す。

いつもの話し方じゃないことに私は少し可笑しくなった。



「あとさぁ。昨日のことやけど。」



莉奈は、おれの横で、戸惑いながら、下を向きながら、自分の足下を見ている。



「答えはイエスで、お願いします。」



なんとも遠回しな言い方で、答えてしまったと、

我ながら情けないと思った。



「それって付き合っていいってこと?カップルになっていいってこと。」

「ああ、そうやで。おれと付き合おう。」


莉奈は、不安な顔から、一気に笑顔になり、私を見つめていた。

自分の両手を力強く握りしめて、身体全体で喜びを表現していた。



「やった。わたしホンマうれしい。カミジュンと付き合えるなんてホンマに思わんかったわ。」

「いきなり関西弁に変わったな。莉奈はそっちの方が似合ってるけどな。」

「緊張したんやもん。もし断られたらどうしよって思うのは、当たり前やん。」

「そうか。まさか莉奈に告られるとは思わんかったけどな。そもそも女子に告られるとは思わんかったわ。」

「だってカミジュンのことずっと好きやって、やっとクラスが一緒で、無理やり学級委員にして、近づいたんやから。」

「犯人は莉奈か。なんでおれが学級委員に選ばれるんかなと思ったら、莉奈が仕組んだことやったんか。」

「友達に頼んで、カミジュンが選ばれるように仕組んだ。」

「まじかよ。別にそんなことせんでも、よかったやん。」

「だってそこまでしないと二人っきりになれるタイミングなんて見つからなかったもん」



莉奈は、わざわざ私を学級委員にさせてまで、

私と一緒になり、告白するタイミングを探していたようだ。

今まで溜め込んでいた想いを吐き出すかのように、

私に対しての好きな想いを伝えてきた。

そんな莉奈を見ていると、可愛く思え、

付き合ってよかったなと思えた。



私は、前に進まないといけない。



咲良のことを忘れたわけではないが、

心の奥に隠し、今を楽しく生きようを思い、

莉奈と付き合うことにした。



咲良はどのように思うだろうか。

咲良なら許してくれる。

そんな実際にいない人のことを想像しながら、

自分の都合のいいように解釈し、

莉奈とはもう一年になるのだろうと、

莉奈と長岡公園のベンチに座りながら、

莉奈と楽しい時間を過ごしていた。



しかし、私は次の日から運命の分岐点へと立たされることになる。

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