願いを込めて。
引越しとは、本当に準備が大変だ。
服の整理、本の整理、冷蔵庫の中身を空っぽにしたり、普段していなかった掃除を隅から隅まで行いながら、
いろんなものをダンボールに詰め込まないといけない。
特に時間がかかるのが、食器を片付ける作業だ。
新聞紙や雑紙で一枚ずつ包んでいく作業は、ありえないほど時間がかかる。
引っ越しが決まってからは、夜は引っ越し準備ばかりだった。
特に引越しの日が近づくにつれて、準備の遅れを間に合わせる為に、急ピッチで作業が進めていく。
金曜日も早く帰って手伝うようにと言われたが、私はそれどころではなかった。
引っ越す前のさくらとの最後のデートをするためだ。
母親にネチネチと文句を言われながらも、『帰ったら頑張るから』と口約束をし、
早急に家から出た。
胸を躍らせながら、今日のデートを楽しみにしていた。
さくらの家まで自転車で向かったら、さくらはマンションの玄関前で私を待っていた。
「じゅんくん遅い。」
「ほんまごめん。住之江公園まで遊びに行こうか。自転車の後ろに乗って。」
「わかった。」
自転車でだいたい20分ぐらいの距離だろうか。
駅よりもさらに南側にあり、
中学校、幼稚園、商店街を越えていくと、
家の近くの公園よりもはるかに大きい公園がある。
ここには、アスレチックや砂場など遊べる場所があり、
お花畑やスポーツジムのような施設が揃っている。
公園に着く前に、商店街によって、
たい焼きと、八百屋で売っていたミックスジュースを買っていった。
公園には、同じ年代の子供が鬼ごっこしていたり、中学生たちがサッカーの試合をしていた。
幼稚園ぐらいの子供は砂場遊びをしながら、保護者が遠くから見守りながら、ママ友トークを楽しんでいるようだった。
さくらは周りを見渡しながら
「知ってる人が誰もいないね。」
「校区が違うから、わざわざここまで来ることがないよ。幼稚園の頃の友達はいるかもしれないけど、まぁ〜バレることはないやろ。」
「じゅんくんはもう引っ越すから、もうバレてもいいいかなとか思ったりしてるけどね。」
さくらは、前向きになっていて、しーちゃんには、私とさくらの気持ちがバレてしまっているから、
そこまで隠す必要がなくなってきているのかもしれない。
私としては、さくらの家庭の事情がバレなければそれでいいと思っている。
「じゅんちゃん、あっちのお花畑にいこうよ」
「わかった。あっちのお花畑にあるベンチにでも座ろうか」
お花畑には、たくさんの花たちが喜びを分かち合うように風で揺れていた。
黄色、水色、青紫と彩り鮮やかな色彩で、残暑の暑い日差しを涼しく感じさせてくれた。
「じゅんくんは、花言葉って知ってる。」
「なにそれ。」
「花にはいろんな花言葉があるんだよ。しかも誕生日ごとに花が決まってるんだ。」
「へぇ〜そうなんだ。」
「私の花はね。トルコキキョウって花なんだ。聞いたことある?」
「そんな花の名前はじめて聞いた。」
「そうだよね。友達も誰も知らなかった。形はバラのように開いていて、いろんな色があるんだよ。今の季節は咲いていないから、見ることはできないけどね。」
「そうなんや。一度見てみたいな。ぼくはヒマワリとアサガオが綺麗だって思う。やっぱり夏を感じるから好き。」
「ヒマワリとアサガオが好きなんだ。私も好きよ。」
「やっぱり花を見ると、なんかいいなって思える。ごめん、そのトルコ、キキョウだっけ。なんて花言葉なん?」
「花言葉は優美とかすがすがしい美しさって意味で、紫色は希望で、白色は思いやりって意味なんだって。」
「めちゃくちゃいい言葉やん。」
「でしょ。お母さんに教えてもらったんだ。可憐で、強くて、思いやりのある子に育ってほしいと思ってたみたい。」
さくらは、ジュースを飲みながら、たくさんの花を見つめていた。
さくらは今でもお母さんのことを信じているのだろうと思った。
昔のお母さんに戻ってくれることを願って、、、
ふとさくらを見ると、私の方を見つめていた。
「どうしたん。さくら。」
「じゅんくん、引っ越しても、頑張ってね。友達いっぱい作ってね。」
さくらは、俺の手を握りしめて、力強く話してくれた。
「わかったよ。いっぱい友達作るよ。」
「わたしもじゅんくんが悲しまないように、頑張るから。」
「だいじょうぶやって。さくらこそだいじょうぶか。最近、お母さんはどんな感じなん。」
さくらは、悲しげな顔になり、わたしから目を逸らした。
「身体の調子が悪いみたいなのよ。」
「え。そうなの?」
「前から顔色悪かったけど、さらに顔色が悪くなってきて、病院に行ったらって、言うんだけど、あんたは黙ってなさいって言って、病院にもいかないの。
最近パートに行っても、すぐに帰ってきて、お酒も飲む量が減って、ご飯もあまり食べずに早い時間に寝るの。話す量が減ってきたから、前に比べると楽にはなってきたけど。」
確かにここ数ヶ月、手紙で母親の悩みや困ったことを書くことが減ってきていた。
前までは週3回以上、手紙のやりとりをしていたが、週一回程度に減ってきて、私は寂しさを感じていたのだ。
まさかそのようなことになっているとは思わなかった。
私としては、さくらがつらい思いをすることが減ってきて、うれしかった。
散々さくらに対して、いじめや暴力はないものの、虐待に近い態度を取ってきていたから、さくらの母親からのいじめが減ったことに、正直安堵している。
しかし、さくらにとっては、唯一無二の親である。
たとえ虐待まがいのことをされていたとしても、どこか心の奥底で、大事な母親として思い、
昔の母親に戻るの夢見て、今の家庭環境を耐えしのいでいるのだ。
大人になってから、よく虐待を受けるニュースをテレビで見かける。
2歳児の子供が育児放棄のため、亡くなった話や、5歳児の女の子が、顔や手足に痣があり、近所の方が警察に相談し、発覚する話。
特に印象に残っているのが、ある幼児が、家から一歩も外に出ることができず、少しでもわがまま、いやちょっとでも親に何かを要求されただけで、
ベランダに何時間も放置され、ご飯も食べることなく、亡くなった話だった。
この話は、ただ亡くなったのではなく、幼児が、紙に両親への手紙を書いていたことだ。
「おかあさん。言うことを聞かなくてごめんさない。ごめんさない。。。」
ろくに教育も受けることができなかった幼児の唯一書くことのできた言葉だったそうだ。
虐待する親は許されない。
ただ虐待された子供はどんな気持ちでいたか、考えたことがあるだろうか。
虐待がトラウマとなり、深い傷を負ったとか、人とコミュニケーションが取れないとか、突然震えが止まらなくなる精神的支障をきたしたとか、様々なことが子供に影響しているが、
そんな虐待をした親のことを虐待された子供はどのように思っているのだろうか。
私は、たとえどんなに虐待されても、子供は虐待した親を親と思うだろう。
そして優しい親であってもらいたい。抱きしめてくれる親であってもらいたい。話を聞いてくれる親であってもらいたい。
恐怖心以上に、子供が思う親であってほしいと願うと思う。
親と喧嘩して、絶交する人もいれば、連絡を取らなくなる人もいるが、対等な立場で、お互いの意見がぶつかり、理解できなかった。納得できなかったから起こる状態であり、虐待された子供が親と絶交したいと思う子供は少ないと思う。
なぜなら対等な立場だと、幼児の子供が理解していないからだ。
動物の本能として、まず自分より強いモノに従うと言う生物的現象であり、必ず親という従うべき対象に従う。
人として親でも対等の立場だと理解してから、初めて意見のぶつかりあいが起きるからだ。
さくらの母親に対しての想いは、まさに『願い』なのだと思う。
夕暮れ時、私はさくらの母親の話を聞きながら、
どのように答えてよいかわからないまま、たださくらの手を握ってあげることしかできなかった。
たださくらに一言だけ伝えた。
「たとえ離れていても、ぼくがいるからだいじょうぶ」
さくらは、嬉しそうに私の顔を見て、安心した表情に変わった。
さくらの安心した顔を見ると、ほっとする。
そしてなにより、夕暮れの日差しに当たるさくらが、いつも大人っぽくて、綺麗な女性に見えるんだ。
やっぱりさくらのことが好きなんだなぁっと。
さくらと二人で、自転車に乗りながら、
二人が出会った頃を思い出していた。
私が声を掛けていなかったらどうなっていたのだろうかって思いながら、
さくらと出会えたことに感謝していた。
さくらの家の前まで着くと、
「いろいろ話聞いてくれてありがとう。じゅんくん、引っ越しの準備があるのに、デートさせちゃってごめんね。」
「いいよいいよ。ぼくもさくらと会えるの今日が最後だったし、直接話せてよかった。」
「わたしも。手紙書くね。本当は電話したいけど、お母さんにバレるとひどいことになりそうだから、じゅんくんごめんね。」
「仕方ないよ。京都って言っても大阪の横だし、もし会える日があれば、必ず会おうな。」
「わかった。わたしも絶対時間つくって、会いたい。」
「じゃあ。また手紙でやりとりしよう。」
「じゃあね。」
さくらは、私の方に近づき、頬に唇を合わせた。
私は、顔を真っ赤にして、身体が熱くなってしまった。
さくらは、照れてしまったのか、すぐに家の中に入ってしまった。
私はさくらに手を振れなかったことを後悔する。
次の日、私は京都へと引っ越しをした。
引っ越す前にノリが顔出してくれて、また必ず遊ぼうと約束した。
私は思い出の町、住之江区を後にする。
さくらという大切な人をこの町に残して。
京都に引っ越してから、もう何年になるだろうか。
おそらく4年半ぐらいになるだろう。
さくらからは1通も手紙が来なかった。
そして、さくらはもう住之江区にはいない。
『さくら』がたくさん咲き乱れる道を歩きながら、
私は高校の入学式の会場に向かっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます