暗闇を照らす満月
不幸なことは突然起きるものだ。
8月の終わり頃、いつも両親の代わりに、家の身の回りの世話をしていた叔母が亡くなった。
ちょうど夏休みが始まったころから、私の家には来なくなっていた。
大阪市西区にある病院に入院したようだ。
子供の私からしてみれば、どこか体が悪いのかなと思うだけで、亡くなるなんて思わなかった。
叔母の死因は、ガンだった。
肺に腫瘍ができて、身体全体に転移し、もう長くなかったそうだ。
67歳だった。
今の女性の平均寿命は90歳以上であると考えると、67歳は本当に若いと思う。
亡くなる前日の深夜、私は家族全員で、叔母のいる病室に向かった。
そこには、たくさんの管に繋がれた叔母がいた。
叔母は目をつぶっている。
先に母親が叔母の顔に手を添えて、目を真っ赤にしながら、【大丈夫、お姉ちゃん】と声をかけていた。
私の母親が初めて見せた姉妹の顔だった。涙を一滴も流さず、笑顔を保ちながら、叔母に声をかける。
叔母は目を開けて、母親の顔を見た。
笑顔で返答していた。
一言も声を発する事なく、、、
母親は、本当は悲しかったはずだ。泣きたかったはずだ。一生のお別れになることを悟っていたと思う。
私が生まれる前から、叔母は両親の代わりに懸命に私の家族のために尽くしてくれていた。
叔母は、母親のお姉ちゃんで、結婚していなかった。
昔から足が悪かった母親の面倒をずっと見ていて、母親が結婚して大阪にいくとわかった時に、一緒に大阪まで付いてきたそうだ。
叔母も結婚相手がいたが、ある日治らない病気にかかってしまい、結婚する前に亡くなってしまったそうだ。
その人の事を忘れる事ができず、結局新たな出逢いを求めず、母親の子供たちを自分の子供のように思い、私の家族の手助けをしてくれていた。
私は、母親の気丈な振る舞いを見て、泣いてはいけないと思った。最後は笑顔で天国に行ってもらいたいと思った。
家族全員が最後の挨拶を終えて、私は叔母の手を握った。
私は、ガンの痛みを知らない。
針で刺されるような痛みなのか、お腹を壊した時の痛みなのか、骨折をした時の激痛なのか。
私にはわからない。
未知の尋常じゃない痛みを患っている叔母は、私を笑顔で迎えてくれた。
一言も話さなかった。話せなかったんだと思う。
私は話せる言葉がなかった。
ただ
「叔母ちゃん、ありがとう。」
この言葉だけは伝えたかった。
死を前にして、よく泣き叫ぶ人がいると思う。
なんでって思う人が多いと思う。
けど、人はいずれ死ぬ。絶対に死ぬのだ。それがいつかがわからないだけ。
私は叔母は苦しい顔を一寸も見せず、笑顔で返してくれたことに、
あぁ〜幸せそうだなっと思った。
人生に悔いなしなんだって子供ながら思った。
その日の朝方に叔母は息を引き取った。
その日の夜に通夜があり、次の日告別式があった。
連日通して、多くの人が叔母のお見送りのために、葬儀場に参列されていた。
私は、こんなにたくさんの友達がいたのだと思って、叔母は天国で喜んでいるのかなと思った。
先に逝ってしまったことに対して、嘆く友人も多くいた。
病気で亡くなるということは、寿命で亡くなったわけではない。
意図せず突然、死へと誘って行く。
家族は、涙をこらえながら、笑顔で最後を迎えていたけど、
本当は悲しいことなんだと改めて感じた。
その時、葬儀場の入り口から声が聞こえた。
「じゅんくん!じゅん!じゅんちゃん!」
私の友達がわざわざ葬儀場まで来てくれた。
叔母は、私の友達とも面識があった。
私の家で遊んでいた時、お菓子を出したり、学校での出来事を友達も混ざって話していたからだ。
ノリやしーちゃん、そして友達の輪の中にさくらがいた。
みんなが来てくれたことに私はとても嬉しかった。
ノリやしーちゃんは何度も叔母とお世話になっていた。
しーちゃんに関しては家族ぐるみでご飯を食べる仲だから、棺の中に静かに佇む叔母の顔を見て泣きじゃくった。
「おばちゃん、バイバイ」
その泣きじゃくる声を聞いて、私は目が熱くなってきた。
さくらも泣いてくれた。
さくらは叔母との面識はない。
さくらは、「じゅんくん、だいじょうぶ。」と
終始私のことを心配してくれた。
さくらは、私が悲しんてるのではないかと告別式が終わるまで心配してくれた。
告別式が終わり、叔母は霊柩車に入れられた。
友達は霊柩車が見えなくなるまで、一緒に手を合わせてくれた。
みんな私のことを最後まで心配してくれながら、
私は、車に乗って、火葬場に向かった。
人が焼かれた跡はあっけないものだった。
人の形をしていた身体は、砂漠のように白く散らばり、骨なのか分からない姿に変わっていた。
「あぁ〜最後はこうなるのか」
悲しいかな。このような感想しか出てこない。喜怒哀楽もない無情な想いにかられる。
実感がないというのが、一番の表現方法かもしれない。
私は、長い長いハシを持ち、サンゴ礁のような形をした白い物体を真っ白な容器の中に入れた。
『おばちゃん、今まで本当にありがとう』
心の中で語りかけるように叔母に最後の挨拶をした。
『こちらこそありがとう』
ふとおばちゃんの声が聞こえたような気がする。
錯覚なのだろうか。叔母への思いが強かったからなのだろうか。
おばちゃんと最後に話せたような気がして、手足が震え、また目が熱くなった。
その日の夜11時ごろ、私はおばちゃんのことを思いながら、
外の空気が吸いたいと思い、市営住宅の裏の広場で、風に当たっていた。
淋しくて、さくらに会いたかった。
夜遅くだから、会えるわけがないと思って、広場から見えるさくらの家のベランダを眺めながら、虹色のキーホルダーを見た。
『さくらはぼくのあげたキーホルダーを見てくれてたのかな』
知りもしないさくらの行動を、そうあってほしいと願いながら、思いに伏せていた。
「じゅんくん・・・」
さくらの声がした気がする。
私は下を向いていたので、周りを見ていなかった。
気のせいだと思った。
「じゅんくん!」
さくらが目の前にいたのだ。
私は幻でも見ているのかと思った。
目をパチパチして、目をこすった。
間違いない。
さくらが目の前にいたのだ!
「さくら、どうしたんだ。」
「窓からじゅんくんが見えたの。暗かったけど、光るキーホルダーを見て、絶対じゅんくんだと思った。」
「驚いた!まさか さくらがいるなんて。お母さんがだいじょうぶなの?」
「お母さん、酔いつぶれて寝てるからだいじょうぶ。」
さくらは、私の横に座り、優しく私の手を握ってくれた。
「じゅんくん、つらかったね。おばちゃんと最後の挨拶できた?」
「最後の挨拶できたよ。おばちゃんが最後に話しかけてくれたような気がした。」
「そうなの!よかったね!ほんとうに!」
さくらは、ぎゅっと手を握ってくれて、笑顔で私の方を見つめていた。
その笑顔を見てしまったからなのか。さくらに会えたからなのか。
今まで抑えていた感情が風船が割れたかのように弾け飛び。さくらの太ももの上で泣いた。
叔母との思い出が走馬灯のように一気に私の脳裏を突っ走っていく。
さくらはそんな私を見て、もう片方の手を頭にのせて、何十分も何も言わずに寄り添ってくれた。
たまたまなのか。お互いのキーホルダーがぶつかり合い、綺麗な音を奏でていた。
叔母への想い出を心の奥に深く刻みながら、さくらへの想いが私の心を暖かく包んでくれる。
今宵の満月は、暗闇の中を明るく照らしてくれる。
さくらはじっと夜空を見つめながら、何時間も一緒にいてくれたような気がする。
死と向き合うことが子供にとって、言い難いほど難しいことだ。
その死との直面を乗り越える上で、さくらという存在は本当に大きかった。
さくらとの絆は今日また深く結ばれた1日となった。
しかし、この絆を引き裂こうとするかのように運命は、私に悪戯をしてくるのだった。
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