ベガとアルタイルのように

小学生の頃、さくらに私のことをどう思っているのか確認した時、

まさかさくらの方か好きだと言われるとは到底思わなかった。


さくらは、大阪湾から流れる風に打たれ、

髪の毛が乱れないように、手で髪の毛を抑えながら、私の方をじっとみて、幸せそうな表情だ。


二人で防波堤の端に座り、海を見つめていた。

お互い手を握りながら、いつから好きだったのか、いつから意識し出したのか、

どんなところが好きなのか、確かめるように話しあった。



空が真っ赤に染まった頃、

さくらの母親が帰宅する時間が近づいていると言って、

家に帰ることにした。



さくらは終始自転車の後ろで、私の腰に腕を巻き、私の背中に顔を当てた。

疲れてしまったのか、無言だったけど、私は緊張とは違った高揚感と喜びで気持ちがあふれていたからか、

帰り道が何時間にも感じられた。



さくらの家の前まで着て、今度いつ会えるのかお互い約束した。

さくら「今日はありがとう。じゅんくんが好きでいてくれて嬉しかった。また会うの楽しみにしてる。」

私「ぼくも嬉しかった。さくら、ありがとう。またな!」



さくらは、私と出会ったことで、少しでも嫌な私生活を忘れられたのだと思う。

私と別れた後は、母親との地獄の生活が待っている。

私は、そのことを忘れて、今日の一日を振り返り、にこやかな表情で、自分の家に帰った。




私とさくらの関係は、ノリやしーちゃんにも秘密にしていた。

夏休みの間、もちろんノリとは、ソフトボールを一緒にやる時も、ノリの家で遊んだ日も内緒にしていた。

さくらに『しーちゃんには話たの?』って聞いたら、『話してないよ。二人の秘密ね。』っと言って黙ってるみたいだ。


やはり友達にさくらとの関係を知られるのは、恥ずかしいし、ノリは最近私とさくらの登下校を小馬鹿にするようになってきたから、

バレてしまうと、学校中でいじられるのが、目に見えて、バレないように学校では平常心でいようと心がけた。



夏休みの間に、さくらの誕生日があった。

8月18日だ。


私は誕生日を祝ってあげようと思い、

8月上旬にさくらに尋ねてみた。


私「さくら、誕生日はどうしてる?」

さくら「・・・・・・・・。」

さくらは寂しそうに両手を手のひらに重ねて、下を向いた。


さくら「誕生日はいつも一人だよ。母親は家にいるけど、祝ってくれないの。」


なんて母親だと私は心の底から思った。

なんてひどいんだ。




さくらは両親が離婚してから、一度も母親から誕生日祝いをしてもらったことがない。

小学校2年生の転校する前に、母親と二人で須磨にまだ住んでいた時だ。

さくらの母親は、父親と離婚したことで、ずっと塞ぎ込んでいた。

家にいると、たまに母親の泣き叫ぶ声がする。

さくらの母親「なんでよ!なんでこうなったのよ!!」

さくらの母親は同じ言葉をいつも言って、ひどい時は、ガラスが割れる音がしたり、

ドンドンっとテーブルが鳴り響くことがあったそうだ。

さくらは母親の恐々とした変貌ぶりに恐怖を感じ、ベットとタンスの間の隙間に入り、体育座りになって、顔を隠すように泣いていたそうだ。

このような母親の状況で、さくらの誕生日を忘れてしまったのか。誕生日を祝ってもらえなかった。

さくらも母親に話しかけることができなくて、黙ったまま8月18日を過ごした。



夜もふけた深夜、さくらはベットから静かに身体を起こし、カーテンを開けた。

その日の夜空は普段よりも多くの星空が浮かんでいた。

そこには3つの星がどれよりもきらめいてた。

こと座の星「ベガ」、わし座の星「アルタイル」、はくちょう座の星「デネブ」だ。

この3つの星が三角形の形をして、

「夏の大三角形」とされている。



日本では、「ベガ」と「アルタイル」が、織姫と彦星の話で有名である。

知らない人もいるかもしれないから、補足する。


天の神様の娘「織姫」は、はたを織り、神様の自慢の娘だった。

毎日化粧もせず、身なりに気を遣わずに働き続ける様子を不憫に思い、娘に見合う婿を探すことにした。

すると、ひたすら牛の世話に励む勤勉な若者「彦星」に出会い、この真面目な若者こそ、娘を幸せにしてくれると思い、その若者を娘の結婚相手に決めた。

しかし二人は、遊んで暮らすようになり、仕事を全くしなかったため、天の服は不足し、牛達はやせ細っていきました。

神様が働くように言うも、返事だけでちっとも働こうとしない。

ついに怒った天の神様は、織姫を西に、彦星を東に、天の川で隔てて引き離し、二人はお互いの姿を見ることも出来ないようにした。

それから二人は悲しみにくれ、働こうともしなかったため、余計に牛は病気になったり、天の服はボロボロになっていくばかり。

これに困った天の神様は、毎日真面目に働くなら7月7日だけは会わせてやると約束をすると、二人はまじめに働くようになった。

こうして毎年7月7日の夜は織姫と彦星はデートをするようになった。


ちなみに日本だけでなく、世界中に似たようないい伝えがあるが、

どれも男女の恋模様で、それを戒めるのは、神様だ。

過去のいい伝えではあるが、現代のダメなカップルになぞると、なんとも似たような光景を想像できる。

昔も今も男女関係ではあるあるなのだろう。




さくらはとても綺麗だと思った。

さくらはその星たちを見つめながら、手を合わせて


さくら「誕生日おめでとう。さくら」


と祈るように手を合わせて言った。

まるでベガとアルタイルのように、引き離されてしまった家族ともう一度一緒になることを祈るように。




さくらは、もう3年も誕生日を祝ってもらっていないし、ケーキも、プレゼントももらっていない。

わたしはさくらに何かプレゼントして、誕生日を祝おうと決心した。



8月18日。

この日も晴天だった。


わたしは、さくらにいつも下校時に待ち合わせしている公園ではなく、少し離れた地下鉄の車庫がある公園に来るように約束した。

ここは学校からさらに離れていて、通学範囲から離れていることもある。

友達が誰も住んでいない場所なので、鉢合わせすることのない場所だった。


夏休みや冬休みはよくここで手紙の交換をしていた。



私は、先に公園に到着し、ベンチに座った。

手のひらに汗を滲ませながら、紙袋を握りしめていた。


さくらが、夏だとは思えないほど、爽やかな表情で現れた。



さくら「今日はどうしたの?直接公園に誘うなんて。」

私「いや。ちょっとさ。どうしても直接公園に来て欲しかってさ。」


さくらは不思議そうな顔で、私の顔を見つめた。

私はぎゅっと握りしめていた紙袋をさくらに差し出した。


さくら「なになに〜これ?」

私「あげる。中身みたらわかる。」


さくらは、少しふっくらとした紙袋の中を覗き込んだ。

そこにはリボンのついた袋と正方形の箱が入っていた。

さくらは、袋に書かれていた文字を見て、目を輝かせ、笑みを浮かべた。

そこには【HAPPY BIRTHDAY SAKURA】と書かれていた。



さくら「もしかして、誕生日プレゼント?買ってくれたの?」

私「そうだよ。家族に誕生日祝ってもらえないなんてかわいそうやん!」



さくらは、笑みを浮かべ、喜んでいる。



私「開けてみ?欲しいもんじゃないと思うけど。」



さくらは、袋を開けて、そこに入っている星型のキーホルダーに目を奪われていた。

立体の星型で、光のあたり具合で、いろんな色にも変わる虹色のキーボルダーだった。

そこには、一つだけでなく、二つ入っていた。


さくら「ありがとう。かわいい。キーホルダーが2つ入ってるけど、なんで?」

私「もう1つは、ぼくのだよ。さくらが家でつらい思いをしてても、

このキーホルダーを見たら、ぼくのことを思い出して、ちょっとは気持ちが楽になるかなと思って。

それにぼくもこのキーホルダーをみて、さくらのこと思い出すよ!」


さくらは、私の胸を抱きしめた。

その時、私の右の頬が少しあたたかく感じた。

私は、仏像のように硬直して突っ立ってしまった。



さくらは、本当にすずめの鳴き声のように小さい声で私の耳に囁いた。




「ありがとう。」




さくらは、また少し泣いていた。

さくらの今までの境遇を考えると、泣かないではいられないのだろう。

一段と強い力で私はさくらに抱きしめられた。

そして、私も硬直した身体を、少しずつ剥がしながら、両手をさくらの腰にまわし、抱きしめた。



太陽が登る日中にも関わらず、周りには誰もいなかった。

ただ周りに誰がいようが、気にすることがなかった。




その後、私はもう1つの箱に入っているりくろーおじさんのチーズケーキを一緒に食べた。

小学生の私には、ホールのショートケーキを買うお金がなかったから、

500円のチーズケーキが限界だったけど、さくらは美味しそうに食べてくれた。

虹色のキーホルダーは、お互いの財布につけて、家にいるときは、よく見つめて、想い合った。



さくらが毎年、夜空を見上げていることを、このときは知らなかった。

さくらの中で、より一層特別な感情が芽生えたのだろう。

私は一生この子といたいと想った。

さくらも同じように想っていることを願い、寝る前に夜空で一層際立ってきらめいている星に向かって、手を合わせた。




しかし現実は、常に同じ時が流れるわけではなく、

電池切れの時計のように、ネジ巻きの時計のように、突然止まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る