手紙交換

私は小学3年生になり、クラス替えが行われた。

私とノリが一緒のクラスになり、さくらとしーちゃんが一緒のクラスになった。


さくらもこの半年でたくさん友達を作った。

特にしーちゃんとは仲が良くて、土日とかたまに、遊んだりしているそうだ。

もちろんクラスが違っても、さくらとは今でも一緒に登下校している。

しーちゃんの話はよく聞く。

しーちゃんの家に遊びにいったりとか、公園に遊びにいったりと仲が良さそうだ。

けど家族の話はしてなさそうだ。


5月のある日、さくらといつものように下校しようとしていたとき、さくらはとても悲しそうな顔をしていた。

いつも明るく話してくれるのに、私と出会った頃と同じ顔だった。


私「なんか暗いけど、どうしたの?」

さくら「………」

まさかあの頃に逆戻りか?

私「ほんとうにどうしたの?そんな暗い顔、さくらには似合わないよ。悲しいことや、つらいことがあったら、教えて!」


道徳の授業のときだ。

思いやりについて、考えることがあった。

相手のことを思い、行動するなかで、果たしてそれは親切なのか、お節介なのかについて、みんなで考えていた。

いろんな意見が飛び交い、

【相手がうれしくないことなら、それはお節介やで】

【相手のためだと思って、するならそれは親切やで!】

などいっぱい意見が飛んできました。

大人になってから思うに、この授業の子供の素直さには感心せざるをえない。


私はさくらと話しているときにこの事を思い出した。

私は悲しんでいる人、つらそうな人を見るとほっとけない人なんだと、大人になって気づいた。

けどこの行為が大人の中では、正反対の態度で返ってくることがほとんどだ、、、

子供の頃の純粋さがなぜ大人になると通じないのか。


さくらはじっと私の方を見つめていた。

表情は変わらなかったが、口元をゆっくり動かし、

さくら「しーちゃんがね。私の家に遊びに行きたいって言うの。でもわたしの家にしーちゃんや他の友達を連れて行きたくないの!お母さんに合わせたくない...」

さくらは今にも泣きそうな声で、母親のひどい現状を話し始めた。


さくらが大阪にきて、半年になるが、母親がお酒に入れ浸っているそうだ。

日中はスーパーでパートの仕事をしているが、夕方の5時ごろに家に帰ってくると、

さくらにとって地獄の夜が始まる。


夜6時ごろから母親はお酒を飲み始める。

お酒を飲み始めると、私を呼び出して、もう2、3時間に及ぶ日頃の愚痴やお父さんの愚痴をループして話してくる。

大阪に引っ越してきた頃は、家事や洗濯などしてたけど、最近はお酒に入り浸ることが多くて、ご飯を作らない時や洗濯をしないことが増えてきた。

ご飯を作らない母親はさくらにご飯を作るように要求してきて、夜に一人でネオコーポ裏のスーパーに行き、夜ご飯の材料を買い、さくらが家で料理をするそうだ。

洗濯もお母さんが寝てしまい、そのまま朝になって、母親がさくらに対して、ものすごい鬼の形相で怒るそうだ。

【なんで代わりに洗濯してくれなかったの!】

最近はさくらが時間を決めて、洗濯をしているそうだ。

母親からの愚痴の拷問、夜ご飯の料理、洗濯と

家のことをやっていると日がまわることが多いそうだ。


さくらは黙々と家での出来事を話してくれた。

当時、私は9歳だ。

ただただ、すごい、かわいそう、

単純な言葉しか出てこなかった。

同い年であるさくらが、想像を絶する辛い日常を生活している。

今思えば、自治体の児童相談窓口に連絡してもおかしくないレベルだ。

親の育児放棄に近い状態だと私は思った。


私の家庭は、非常に恵まれていると思った。

両親がいて、兄が二人いる。

両親は共働きをしているが、平日は叔母が日中に洗濯やご飯の準備をしてくれて、

幼い私や兄の面倒を見る。

夜になると母親が次の日の準備や、子供達の勉強を見守ってくれる。

父親はいつも帰るのが11時と遅いけど、兄弟喧嘩したりすると、

しっかり説教をして、叱ってくれる。

当時、父親が非常に恐かったけど、今覚えば、叱ってくれる父親のおかげで、

良し悪しの分別をつけれるようになったと思う。


さくらにどのような言葉で、話すべきかわからない。

言葉で伝えることができない。

私は非常にもどかしい。

ただ、さくらを何かしら助けてあげたいと思った。

その気持ちだけは変わらなかった。


私はつらそうなさくらを見て、抱きしめてあげた。

母親や叔母が私に対して、よく抱きしめてくれた。

抱きしめるという表現は、恋愛のイメージを持たれるかもしれないが、

一般的にハグに近いものをさくらにしてあげた。


さくらは泣き出してしまった。

私は自分が思っている以上に、さくらは心身ともに疲れ切っているのだろうと思った。


数分後にさくらが泣き止んだ頃、

私「さくら、だいじょうぶ?」

さくら「もうだいじょうぶ」

私「しーちゃんに母親のこと話したらどう?」

さくら「しーちゃんに心配させたくない!じゅんくんにも心配させちゃったのに、しーちゃんにまで心配させちゃうのいやだ!」


さくらは人一倍、周りのことに気を遣って、心配させまいと、一人で抱え込んでしまう。

そんなさくらを見て、私は一つ提案をした。


私「だったら俺と手紙のやりとりしてみない?」

さくら「てがみ?」

私「しーちゃんと話すのは、話したくなった時に話したらいいよ。けどしーちゃんに話せていないことで、さくらがつらくて、しんどくて、かわいそう」

私「だからぼくと手紙で思っていることとが、しんどい思いをぼくに伝えてよ!」


私の両親は5年の長い歳月をかけて、結婚した。

両親は九州の大学で知り合った。深い事情は知らないが、母親は九州に止まり、父親は大阪の企業に就職した。

父親は頑固で、一匹オオカミだったが、母親は、前しか見えない突っ走るタイプだった。

母親が一方的に手紙や文通のやりとりを行い、ずっと遠距離恋愛をした上で、結ばれた。


この話を自慢そうに私によく話してくれていた。

手紙には、会ってじゃ話せないこととか、恥ずかしくて伝えれないことを率直に書くことができる。

相手の本当の気持ちが文字として理解できる不思議な【会話】なんだ

このように母親が教えてくれたから、私はさくらにも手紙を通じて、さくらが抱えているつらい気持ちや泣きたい気持ちを

一緒に共有してあげたいと思った。


さくらは最初躊躇していた。

けどさくらの中でも抑えきれない感情が溢れそうな時があり、家のトイレの中で一人で泣いてしまうこともあった。

耐えれないのだ。死にたいと思ったこともあった。

だから、さくらは私に向かって、

さくら「わかった。辛いことや悲しいことがあったら、じゅんくんに手紙を書くよ」


この日から私はさくらと手紙のやりとりを始めた。

手紙といっても、郵便ポストに投函して、家に届くまで待つ。

とかではなく、手紙を書いて、直接私に渡すやり取りで、

さくらが、つらかったこと、悲しかったこと、どうしていいかわからなかったことをさくらが手紙にかき、

私はできる限り答えれる範囲で、手紙に書いた。


答えれることには限りがあった。

自分一人ではもちろん答えられない質問もあった。


ある日のさくらの手紙には、

【お母さんがいつも同じご飯ばかり作るから違うの作れないのかって言うの・・・何かいい料理ないかな?】

【お母さんがいつもトイレで吐くの・・・掃除が大変でどうしたらいいかな】


私にわかるわけがなかった。

だから母親や叔母に聞いて、肉じゃがの作り方やグラタンの作り方などいっぱい教わって、

作り方を紙に書き、さくらにレクチャーした。

正直うまく伝えれたかわからなかった。


ある日の手紙で、さくらから

【じゅんくん、この前教えてくれた肉じゃがうまく作れたよ。お母さんに怒られなくてすんだ!ありがとう!!】


トイレで吐くなんて、子供の私がわかるわけがない。

だから父親に聞いて、お酒飲んで吐きたくなったときどうしたらいいのかを聞いた。

吐く時の対処法は、いろいろあって、生卵をそのまま飲み込むとか、酔い止めの薬を飲むとか、飲む前に牛乳を飲めばいいとか

私にはわからないことをとりあえずさくらに手紙で書いた。。


ある日の手紙で、さくらから

【じゅんちゃん、お母さん恐いからどれも進めるのに勇気がいったよ。酔い止めの薬だけは飲んでくれたよ。でも効果がなかった、、、。トイレで吐かれることは我慢する。】


さくらの為になったこともあれば、為にならなかったこともあったけど、さくらは手紙のやりとりを喜んでいた。

私と直接話せばいいのにっと思うけど、さくらにとって、私は大切な存在なのだろう。

その場では笑顔で学校の話をしてくれるけど、母親のことなど悲しくて、つらい話は私の前ではしなかった。

さくらなりの優しさなのかもしれない。気を使わせていたのかもしれない。

このさくらの心情は子供だった私にはわからなかった。

この時に直接さくらが話してくれていたら、今のようにはならなかったと思う。そう思いたい。

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