一話 第一章 ⑵

 僕の寝て過ごす日曜日は無くなってしまった。

 僕と星は引っ越し業者に大きい家具の配置を決めてから、その搬入が終わるまで近くの公園にあるブランコで座っていた。


「よく知らない男と住むことに抵抗とかなかったのか?」

「私が、広くんの名前を聞いた時から懐かしい気持ちになったというか広くんなら大丈夫かなって思えたんだ。それに、家があるだけありがたいから――」

 

 変な話をするがそれが嘘をついているようには思えなかった。悲しげな顔をしている。少しは分かる気はする。親が亡くなったのだ。悲しいわけがない。僕も立ち直るのにたくさんの人に迷惑をかけてきた。


「久保さんにしか頼れなかったのもあるんだけど、久保さんなら信用してもいいかなって思えない?」


 否定できないのが腹立つけど、大家さんには頼っても大丈夫だと思ってしまう何かがある。僕が親を亡くしたのは、七歳だった。親戚もいなかった家族だったらしくて大家さんが拾ってくれたらしい。何故大家さんがここまでしてくれているのかいつ聞いても教えてくれない。


「大家さんって何している人か知っている?」

「ここの大家さんじゃないの?」

「他に仕事しているらしいんだよ。いつ見ても起きているしどこかに出かける気配もないんだよね。後、若すぎない?」

「私も年を取っていないように見えるのは不思議に思うわ」

「大家さんの話をしていても何も分かることはないと思うからさ、これから二人で暮らしていくんだから少しぐらいは、ルールを作らないと思わない?」


 二、三年は二人暮らしいになるんだから喧嘩とか一切話さなくなるのは避けないとな。でも、少し話して思ったが悪い人ではなさそうだ。


「それはいいですね。料理は任してください。親が居ない間は毎日作っていたんだから得意なんですよ」

「俺から料理を抜かないでくれ唯一の趣味なんだ」

「ごめんなさい。料理をすること久保さんから聞いていたのに忘れていました。本当に料理をするんですね。どうしましょう。私も料理作りたいんですよね」

「本格的なのは夜だけしか作らないけどな。僕は親が毎日手作りの料理を作っていたから、影響されてしまっているのかもしれないな」

「素敵なお母さんだったんですね」

「お父さんが作っていたんだけどね」

「なんと、イクメンだったんですか?」

「そうなのかもしれないな。昔の話だから余り覚えてはいないんだけど基本的には、お母さんが仕事に出ていたことが多かったと思う」


 何故だろう。昔の話をするのにためらっていたはずなのに自然に話ができていることに、驚きを隠せているか不安になってしまった。泣いていないだろうか。そう不安に思っていると――


「ごめんなさい。昔の話をしてしまって、これも久保さんに言われていたのに」


星がハンカチを渡してきたので、僕は泣いていることに気が付いた。僕には、悲しいという感情が分からなくなってしまっている。突然涙が出ることは、精神病だと言われた。悲しいと思うと涙が出てしまうのだ。悲しいと思っていなくても涙が出ることがある。でも、本心では悲しいと思っていると僕は思う。この感情を制御できない限り過去からは逃げることはできないと思う。


「ありがとう。大丈夫、悲しくはないんだよ。今でも毎日親が生きて居たらなと思うことが多くてしんどいだけなんだ」


 悲しい空気になってしまった。星もどんな言葉を言えばいいのか迷っているのかブランコを漕ぎ始めた。星も思うことがあるのだろう。同じ親を亡くしたものなのだから――


「私、広くんとなら乗り越えられると思う。何の根拠もないけど前向いていたらいいことあると信じて生きていこうよ。私は、落ち込むことを辞めているから今ここにいると思っている。久保さんにも連絡したもの新しい自分を探したかったからなんだ」


 この瞬間――、星を泣かしてはいけないんだなと思った。守りたいと思っていたのかも知れない。この時、この感情は初めてだと思うのに初めてではないとそう思えた。

 ルールがまとまった頃には、星の部屋には家具が並んでいた。まだ、段ボールが沢山積まれているが見ないようにしておこうかな。この大量の段ボール、全て部屋に入るのだろうか。

 引っ越し業者二人が、羨ましそうに話している。


「高校生からかわいい人と二人暮らしって憧れるよな」

「二人が接触したことを確認した」

「お前、何言ってんの」

「なんか言ったか?」

「今日のお前変だぞ」


 引っ越し業者が返って行った。それからが大変だった。思った通り段ボールの中身は全て入らなかった。入らなかった段ボールは大家さんが預かってもらうことになった。中身は全て服だったからだ。季節に合わない服はいらないことになった。

 リビングには机と四つの椅子しか置いていない。何も置くこともしなくもいいと思いご飯を食べるためだけの机である。このリビングに星が入ってテレビがないことに驚かれてしまい、後日大家さんのお金で家具を買いに行くことになってしまった。大家さんがこの話をしているときに、お詫びと言ってお金を渡してくれたのだ。申し訳ないので返そうと思ったのだが、何もないこの部屋で過ごすのは大丈夫なのかと大家さんに言われてしまい有難く受け取ってしまった。テレビは大家さんのお下がりを貰うことになったので後は、それを置く家具を買わないといけない。

 気が付いた頃には太陽は沈んでまん丸い月が出ていた。


「夜ご飯どうしようか。流石に俺が作ろうと思うんだけどいいよな」

「一緒に作ってもいいかな。朝に一人で作る前に料理器具を、把握しておかないと困ること多いと思うのでお願いします」


 料理当番は朝は愛がすることになり、夜は僕が担当することになった。その理由は明白だ。僕が朝起きることができないからだ。でも、問題が起きた。朝ご飯を作ってもらうということは、家を出なければいけない十分前起床が出来なくなってしまったということだ。寝る時間が無くなるが決めたことは仕方がない、起きるしかないのだ。


「それは、構わないけど二人で作るのか……。冷蔵庫にハンバーグの材料はあったはずだからそれなら二人で作りやすいだろ」


 僕の返事を聞いて星は嬉しそうだ。僕は恋をするなんてことないだろうから考えないでおこうかな。僕がこの不安定な状態で、恋愛をするものではない。


「良かった。少し待ってて」


数分後、エプロン姿の星が部屋から出てきた。少し薄くなった赤い色で、敗れたところは違う布で縫い直していた。何故だか懐かしい匂いがした。


「これ、お母さんの使っていたエプロンなんだ」


 大切にしてきたんだな。星がハンカチを渡してきた。僕はまた泣いているのだろう。気を遣わしているから泣くことを直したいものだ。


「こういうものにも弱いんですね」

「純粋に悲しいと思ったことに涙が出るらしくて、僕にも制御ができないから気を遣わすことにはなると思うけど直すように努力はするから気は張らないでほしいな。泣いていても普通にしてほしいかも」

「それは、嫌です。私と乗り越えていこうって話をしたばかりではないですか!広くんが泣いたときは全力でサポートするからね」


 事情を知っている人は普通に接してくれた。何もなかったようにしてくれていた。多少は悲しい雰囲気になってしまうことはあるのだが、周りは普通にして和ましてくれていたので思いもしなかった言葉を言われてクスッと笑ってしまった。


「私変なこと言ったかな」

「ごめん、そうではなくてうれしくてね」


 どうして、笑いが出たのかは分からない。うれしかったのは分かるのだがこの胸が温かい感覚は昔感じたものとよく似ている気がした。

 料理をしているとき愛は驚きが多かった。それもそうだろう。料理器具が多すぎて愛が答えた料理器具は、一つを除いては出てきたからだ。最後に言われた中華包丁なのだが、中華料理を余りしてこなかったので買っていなかったのだ。

 夜はこんなにも暖かくなるものなのだと知ることができた。夜は一番嫌いだ。夜中に親を待っていて帰らぬ人となってしまったからだ。だから、早くに寝て遅くに起きるようにしているのだ。しかし、愛が目の前で面白い話をする。僕は夜が一人でいるのが怖いというのが嘘のように感じることができた。人と関わりを持とうしなかったのは間違いだったのだろうか。手を出してくれていた人に僕が手を取っていたら少しは、変わることができたのだろうか。

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