042 魔獣キブグア
私はアイシェに黒いマントを羽織らせてもらい、自室を後にした。廊下を進んで、城内の中央階段を駆け降りると、一階の待合ホールにいたジオヴァーニがちょうど外へ出る後ろ姿が見えた。城の表にはもう騎兵隊が並んでいて、ジオヴァーニはサッと用意されていた黒い馬に跨がる。私はリーツェスの馬の横へと立った。
「町の東側に魔獸キブグアが出現したとの一報が入った。これより征討に向かう。キブグアはかなり攻撃的だ。近付かずに遠方からの攻撃で仕留めたい。よろしく頼む。」
現領主であるラステムがいないので、ジオヴァーニが出発前の説明と指示を出す。恐らく現場ではリーツェスが細かく隊を動かすことになるのだろう。ジオヴァーニの言葉が終わる頃に、準備を整えたリーツェスも城から出てきて、「失礼します」と囁いた後、私を抱き上げて馬に乗せてくれた。その後にリーツェス自身も馬に飛び乗る。
「ジオヴァーニ様を先頭に、一班から順に続け。私は最後尾を行く。」
リーツェスが声を張り上げると、ジオヴァーニから順に馬が駆け出した。騎兵隊の後に私とリーツェスが続く。パッカパッカ駆けるリーツェスの馬に乗りながら、私はリーツェスの馬術の優秀さに舌を巻いた。ジオヴァーニと相乗りした時と全く違うのだ。馬だから揺れるのは当たり前だが、まるで馬とリーツェスがひとつになったように呼吸にも動きにも他者だから生じるぎこちなさが全くない。
……な、なんだか凄い……!
それにリーツェスは手綱を握ると同時に、両腕と胴体で私をしっかり支えてくれていて私の安定感がまるで違う。ついこの前、ジオヴァーニの馬に相乗りした時に、わざと落馬した方がマシだという考えが過ったなんて信じられないぐらい、リーツェスとの相乗りは乗りやすかった。今回の現場は、町の最東端の魔力供給ポイントより少しだけ北にあった。
「カティア様、あれが魔獸のキブグアです。」
「……えぇぇぇ……」
リーツェスが指差す先を見て、私はできることなら、この場に失神したくなった。大きい。大型犬や羊よりもかなり大きい。牛二頭分ぐらいあるだろうか。体はタランチュラのような毛の生えた蜘蛛で、頭部はライオンや虎のような肉食獸だ。なんせ蜘蛛のような動きが私の身体を恐怖で金縛りにした。
「キブグアは動きも速く、毒もあります。それに人間を食べるので、厄介な魔獸の一種です。しかも、ああ見えて身体の表面は硬い殻なような毛で覆われているので、柔らかい腹部を攻撃しなければ致命傷は与えられないのです。」
今キブグアは馬に乗った騎兵隊に遠巻きに囲まれて、弓矢や投石器で攻撃を受けているが、その攻撃は残念ながら全く効いていないのが、私の目にも見てわかる。キブグアは攻撃のために近付いてくる兵士を食べようと追いかけ回している。
「これは長期戦になりそうですね……。」
リーツェスはポツリとそう呟いた後、目の前にいる私に視線を落としたような気がした。私はというと、キブグアに絶対近付きたくないので、こうして遠くから見守ることしかできない。
……頑張れ、兵士達!!
「リーツェス様!」
一人の兵士が息を切らしながら走ってきた。
「兵二名ほどキブグアの毒を受けました。」
「毒を受けた者は?」
「あちらに運び、横になっています。」
「わかった。私が行こう。」
リーツェスはそう言って馬から降りると、毒を受けた者達を魔力で解毒しに行く。ほとんどの毒は高濃度の汚染物質のはずだから、浄化と同じ魔力の使い方で間違いないはずだ。私はリーツェスを呼び止めた。
「解毒……とは浄化と同じことですよね?私が参りましょうか?」
リーツェスは振り替えって私を見たが、目を伏せて首を横に振った。
「カティア様の魔力は、いざという時のために温存しておきたいのです。ここは私が参りますので、カティア様はここから動かないように願います。」
……いざという時のため?後で私一人でキブグアと戦え、とか言われるの嫌だよ?
私は絶対にこの征討に関わりたくない一心で、キブグアと騎兵隊の方に目を向けた。矢や石が飛び交っているものの、キブグアは弱ってもいなければ、疲れてもいなさそうに見える。むしろ騎兵隊の方に疲れの色が見える。
……武器がこれまた古風なんだよなぁ。銃とか手榴弾とかないし。
同じことの繰り返しばかりで、まったく変わらない状況を見ているこちらの方が苛々してきそうだ。私の横で馬の上から状況を見ているジオヴァーニも、局面打開できないこの情勢に苛立っているのか、苦い表情を浮かべている。
兵士を追いかけ回しているキブグアは、矢を放った一人の兵士に狙いを定めて、その長い蜘蛛のような足を伸ばした。その細かい毛で覆われた蜘蛛の足は、兵の跨がっている馬の足を捕らえる。馬はバランスを失って崩れ落ち、兵が落馬した。
「あっ……!」
キブグアは馬を羽交い締めにすると、馬の首に噛みついて仕留めた。後で食べるつもりなのだろう。落馬した兵士はすぐに退散し、代わりの兵士が援護に入る。戦況を見ているとハラハラドキドキして、私は思わず目を逸らしたくなる。
「はぁ゛……」
突然そんな濁った溜め息が聞こえたので横を向くと、ジオヴァーニが背中に背負っていた弓矢を構えていた。
「ジオヴァーニ様?な、何を……。」
「もう見ていられぬ。」
ジオヴァーニの構える矢は暴れまわるキブグアに向かって真っ直ぐ向けられていて、矢の先には虹色に煌めく光がある。凝縮した魔力を矢の先端にこめているのがわかった。
「ちょ、ちょっとお待ちください!ジオヴァーニ様の弓の腕は存じませんが、ここからだと誤って我が兵に当たってしまうかもしれませんの。せめて兵達に一時退避の合図を!」
「……私が外すわけがないだろう。」
そう言うとジオヴァーニは矢をシュッと放った。矢はキブグアの身体に命中したものの、やはりかすり傷ひとつついていない。ジオヴァーニがチッという舌打ちと「駄目か」という呟きを吐いた時、リーツェスが戻ってきた。
「カティア様の出番……でしょうかね。」
その言葉にドキリと私の心臓が跳び跳ねた。
……やだやだやだ!私、あれと戦いたくない!
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