043 殺すという恐怖
リーツェスが私をどのように使うのか検討もつかなくて、私は固唾を飲んで次の言葉を待った。
……嫌だよぅ。私が一人で戦え、とか無茶ぶりされたらどうしよう。
まず私は騎兵隊のように馬で走り回れない。それに加えて弓矢も剣術も何もできないのだ。挙げ句の果てにまだ六歳。力もないし、身体も小さい。フィジカルな戦いなんて絶対に無理だ。
「カティア様、ここから魔力を使ってキブグアを攻撃できますか?」
「え?攻撃……ですか?」
「先日、ジオヴァーニ様に向かって投げられた礫を破壊したのと同じような使い方をキブグアに対してできますか?」
「……リーツェス。私、先日の件は自分でもどのように魔力を使ったのか全くわからないのですが……。」
「では言い方を変えましょう。魔力を使って風の弾を二発作り、キブグアに当てることはできますか。一発目でキブグアの腹部を晒すために風を当てて身体をひっくり返し、間髪入れずに二発目で殺すのです。」
リーツェスはより具体的でわかりやすく私に訊ねる。魔力遊びで風を作ったり、光の玉を作ってボールのようにポンポン宙に投げて遊んだことはあるから、できそうな気はする。
「……でき……そうな気はします。実際にやったことはないですけど……。でも……」
「でも?」
ジオヴァーニがその先を促す。
「殺さないと駄目なのでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「わ、私……命を奪いたくないのです。あんな大きな生き物を殺すのが怖くて……。」
私はずっと心の奥にあった澱なような気持ちを打ち明けた。小さな蟻を踏み殺すのと、羊を殺すのとは気持ち的にかなり違うと思う。一寸の虫にも五分の魂、大きさなんて関係ない、命は命であって尊いものだ、と天から叱責の声が聞こえてきそうだが、これが私の正直な気持ちなのだ。大きな生き物を殺すのは躊躇いが大きい。例え人間を襲う狂暴な生き物でも、だ。
「カティア、君は大馬鹿者か?」
ジオヴァーニには私の気持ちが一ミリも伝わっていないのがわかる。この世界では、魔虫や魔獸は征討するものという考え方が一般的だ。人間と魔物は共存できないという考えが空気のように当たり前のようにあって、そのことに疑問を持つ者さえいない。
「毒を持ち、人間を襲って食べる獣だぞ?それが町のすぐ外にいてなぜ殺さない?町に危険が迫っているというのに、領主一族である君が任務を放棄するのか?君は町や民を危険に晒すのか?」
ジオヴァーニに責め立てられて私は自分の気持ちが混乱してきた。殺したくない、命を奪うのは怖い、けど町を守れないのも怖い……。今、自分の目の前に並べられた選択肢がどれも怖くて、どれもしたくない。自分の幼稚さが情けなすぎて失笑してしまう。
「カティア様、戸惑われているとお見受けしますが、これも領主一族の役割です。汚れない仕事ばかりではございません。」
リーツェスは私に諭すように説得する。ジオヴァーニとリーツェス二人に言いくるめられて、結局、自分の心に反した行いをしてしまいそうで、握りしめている冷たい手の中には変な汗をかいていた。
「……でも……生きている動物が死ぬのを見るのが怖くて……」
二人の視線が痛くて、居心地が悪くて、私は俯きながらモゴモゴと力ない反論をすることしかできないでいた。
「カティア様……この町であなたしか出来ない仕事なのですよ。」
「わ、私だけに押し付けないで下さい……!ジオヴァーニ様かリーツェスがすればいいではありませんか。それなりに魔力をお持ちなのでしょう?」
私の言葉にジオヴァーニは表情を歪めた。
「君も見ただろう?私の魔力だけでは、ここからキブグアのいる場所にすら飛ばすことはできない。弓矢に乗せてやっと届く程度。しかもその魔力はキブグア征討にとっては何の意味も成さない攻撃だった。魔力の無駄遣いだ」
さっき見た光景を思い出した。じゃあリーツェスだったら?リーツェスは領主様よりも魔力量が多いのだから、キブグアに攻撃できるはずだ。リーツェスの顔を見ると、リーツェスは首を横へ振った。
「毒を受けた者の解毒にかなりの魔力を消費しました。現時点での私の魔力量ではキブグアを征討できません。」
……リーツェスの馬鹿、馬鹿、馬鹿!だったら私が解毒したのに……!
リーツェスに嵌められたような気持ちになって涙目になってガクリと項垂れる。もう魔力的に見て、キブグアを攻撃できるのは私しかいないのだ。
「うわぁっ!」
突然、複数の叫び声が聞こえたので視線を移すと、複数の兵士が落馬して大混乱していた。落馬した兵は三名。一人は骨折でもしたのだろうか、立ち上がれずに逃げ遅れた。キブグアはその逃げ遅れた兵に向かって猛スピードで突進していく。
「援護を!」
助けを求める兵はいとも簡単にキブグアの八本の足に羽交い締めにされた。
……兵が殺される……!
その一瞬で私は自分の魔力を放った。放った、というよりは、放ってしまったと言った方が正確かもしれない。瞬きひとつするかしないかの間にキブグアの体は以前の礫のように粉々に飛び散った。
……はぁ、はぁ、はぁ……
うまく息が吸えない。私の頬には涙が止めどなく流れ落ちているような気がする。寒いのか暑いのかもわからないほど感覚が麻痺しているのに、身体の至るところに変な汗をかいている。何がどうなったのかはわからないが、私が魔力を放って、キブグアが死んだ。私が殺したのだろう。襲われた兵士はキブグアの血や残骸を浴びたまま横たわっている。
……私はあの兵を助けられたのだろうか……
「カティア様、ご立派でしたよ。」
リーツェスの優しい声に、私は馬からドサッと落ちると同時に気を失った。
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