040 魔力講義
一族の会議が終わった後、私は自室でリーツェスから魔力について更なる講義を受けている。魔力持ちの家庭で育たなかった私は、ただでさえ魔力に関する知識が乏しい上に、本当の中身は魔力なんて存在もしない世界からやってきた人間なのだ。いまだに魔力のことは自分でもうまく説明できない。
「カティア様、魔力は個性に近いとお考えください。」
「個性……ですか。」
「魔力持ちと言っても、魔力の量も強さも、どのように使えるのかも十人十色なのです。」
側近兼召し使いのアイシェが私とリーツェスにお茶を入れてくれる。
「まず浄化。水や土、植物などを清浄化するのには、あまり魔力の量も必要ありませんし、難易度も低い。基本中の基本です。恐らく全ての魔力持ちができると思います。」
私はさっと硝子製の万年筆を手に取り、藍色のインクをインク壺からちょんちょんととって、ノートに書き留めた。
「この魔力による清浄化も、浄化対象が動物や人など、生き物になると消費する魔力量も難易度も上がります。」
私は過去、自分が魔力を使った経験を思い起こした。一番最初に使ったのは、潰れた目をした猫を癒して元通りにした時だ。その後は市でジオヴァーニが差し出した黒い石を浄化した時。で、ナディームとひたすら川辺の花を清浄化したっけ。ダルゴスに遭遇してからは、魔力遊びと題して風を作ったり、光らせたりもしていた。
「清浄化の次のレベルでは、魔力を使って、風や光、熱などを作って操ったりすることです。ただ、ここからは個人の個性が顕著に現れますので、全てできる者もいれば、一つか二つしかできない者もいます。また、操れる風、光、熱の程度や持続時間も個人個人で変わってきます。」
アスリートでも長距離が得意な先週もいれば中距離が得意な選手もいるし、前半強い選手もいれば後半に強い選手もいる。サイクリストやマラソン選手では登りに強い選手と、下りに強い選手がいる、みたいなものなのだろうか。魔力に関しても人によって色々なタイプがあるらしい。
……私はどのタイプだろう?
まるで、流行りの占いで自分が何のタイプに当てはまるのかワクワクしながら調べるように、私は考えた。
……魔力で熱を作ったことはないから、私は風と光だけ操れるタイプかな?けど魔力量は多いらしいから、長時間操れる持続タイプ?それとも短時間限定の短期集中タイプ?
「……カティア様、聞いておられますか?」
苦笑いを浮かべたリーツェスの声にハッと現実に引き戻された。ふふふ、ほほほ……と笑ってみせるも、リーツェスにはお見通しだ。すみません、考え事をしていて聞いておりませんでした、と謝って、聞い逃した箇所を繰り返してもらえるよう頼む。
「光風熱などを操る段階の後は、攻撃と防御ですね。これが今日カティア様が無意識にされたことです。」
「攻撃と防御……。私が今日魔力を使って何をしたのか、リーツェスのわかる範囲で教えてくださいませ。私、無意識で、しかも咄嗟のことだったので、いまだに自分が何をしたのか全くわからないのです。」
「今日、ジオヴァーニ様に礫が投げられた時、カティア様は咄嗟に魔力を放ったと思われます。あの時、何か心の中で思ったことはございますか?」
「心の中で思ったこと……ですか……。」
私は顎に手を当てて、あの時のことを思い返した。男がジオヴァーニ様に向かって礫を投げた時、私はどう思ったのだろう。事態がほんの一瞬で動いたので、よく思い出せない。
「男がジオヴァーニ様に大きめの石のような物を投げたと思って『ジオヴァーニ様、危ない!』と言おうとしたのですけれど……。あんなほんの数秒間に自分がどう思ったかはわかりません。」
リーツェスは目を閉じて穏やかに首を横に振った。
「いいえ、カティア様は『ジオヴァーニ様、危ない!』と思われたのでしょう?危険を察知して、ジオヴァーニ様を守ることに魔力を使われたのです。」
「私は魔力をどのように使ったのですか?ジオヴァーニ様にバリアのようなものを張ったのでしょうか?」
「いいえ、カティア様は恐らく空気砲のようなものを高速で飛ばして礫に当てて、粉々に粉砕されたのだと思います。」
「あ、エアガンの強いバージョンですね。」
「ん?エアガンとは?」
「あっ……。独り言ですわ。お気になさらず。ほほほほ……。防御と攻撃とは異なるものなのですね?」
「攻撃と防御は紙一重です。攻撃は対象を確実に傷つけますが……防御と攻撃は魔力の使い方がとても似ているのです。今日カティア様がジオヴァーニ様を守るためにしたことも、人や動物を対象に使うと攻撃になり得ます。」
「そうですよね……。」
私は自分の能力に少しだけ身震いした。あれと同じことを人にすれば、きっと人を殺す。自分が軽く魔力を使うだけで人を殺せる力があることを悟った瞬間、手と足の先が何も感じないほど冷たくなった。
……怖い。
自分が怖い。人は守りたいけど、傷つけたくない。殺したくない。武器も何もなく私は簡単に命を奪える殺傷能力があることが、呪いのように感じて、身体が狂った小動物のように小刻みにガタガタと震え始めた。
「カティア様、顔色がよくありませんが……。大丈夫ですか?」
「リーツェス……。私……何があっても攻撃はしたくないのです。人を傷つけたり、こ、こ……殺したりなど絶対にしたくないです。」
私は不思議な感覚に襲われていた。今日、町民ホールへ行くまで、私はなんの疑問も持たず『カティア』であることができた。二〇一九年の日本から転生した数奇な運命でもそれを自分なりに受け入れて、この世界に生きる六歳の魔力持ちで、領主様の養女である少女カティアであることができたのだ。けど、自分の持つ魔力が怖いと感じたこの瞬間、私は『カティア』であることが不意に酷く難しいと感じ始めた。
「カティア様、魔力の扱いも少しずつ練習いたしましょう。危ないことだとわかっていれば、自分の意に反する使い方はされないでしょう?特にカティア様のように魔力が強大な場合は、知らないというのが一番厄介なのです。」
パッと顔を上げ、潤んだ瞳をリーツェスへ向けると、リーツェスの柔和な笑顔が優しげに深みを増した。
「微力ながら私も助力いたします。カティア様の魔力でどのようなことが、どの程度できるのか知っていきましょう。そして、その扱いも一緒に練習いたしましょう。」
その言葉に急に呼吸が楽になった。リーツェスに密かにぎゅっと手を握ってもらっているような、力強い支援をもらったような安堵感が私を包み込んで、私はコクリと静かに頷いた。
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