039 テイの話と私の魔力
いつもの応接室には、領主のラステム、次期領主候補のジオヴァーニ、そしてリーツェスと私の四人とテイがコーヒーテーブルを囲う形で座っている。身分の高い人間に視線を注がれているテイは戦々恐々としていて、まるで私達が町民を苛めているかのような絵図ができあがってしまっている。
「其方、テイと言ったか。元は隣町よりももっと東の出身だと、この者達に聞いたが?」
領主様が威厳を含んだ、けれども優しい物言いでテイに尋ねる。
「は、はい。俺は元々はカタカという町の出で。」
「カタカ……?」
領主様をはじめ、皆が目配せする。誰も聞いたことのない町のようだ。
「カタカは内海に面した小っせー町だったんだ。けど俺が子供の時、マイアズマが押し寄せてきて、俺の家族は西へ逃げた。それから今まで汚染から逃れるために西へ西へ三個か四個ぐらいの町を経て、この町へ至ることになったんだ。」
「カタカとベルスデーツェルまではどれぐらい距離がある?」
「きょ、距離か?すっげー遠い。大人の足で……数ヶ月から半年ぐらいかかるんじゃねぇかな。」
一日二十キロ歩いたとしたら半年で三千六百五十キロ。日本列島より長い。勿論一日に歩く距離や速さによっても変わってくるが、テイの生まれ故郷であるカタカは、かなり遠い町だということはわかった。
「つまり、ここからカタカまで東側はもう町がないということか?」
「ないね。カタカまでじゃない。カタカの東ももう全部汚染されちまって人間の住める場所じゃねえ。」
「南や北の事情はわかるか?」
「さあ……わかんねえな。」
「東の様子をもっと聞きたい。何か覚えていることはないか?」
「覚えていることねぇ……。聞いた話だけど、人間はもういないし、虫の数も、動物の数も減る一方だって聞いたことがある。もう人類もお終いなのかもしれねえな。」
一通り町の東側について聞いたらテイを町民ホールへ帰し、領主様、ジオヴァーニ、リーツェス、私の四人だけで、さらに会議を続けた。
「さて……。」
領主様が少しリラックスした様子でリーツェスに目配せする。リーツェスは音も立てずに、すっと立ち上がって、静かに私の方へ歩いてきた。
「カティア様、お手を拝借してもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。別に構いませんけど……。」
そう言って、エスコートするように差し出された手に自分の手を重ねた。その瞬間、体の中を流れる私の魔力がまた体内暴走し始めて、私は初めてリーツェスに会った時のことを思い出した。
……あの時も、リーツェスと握手をした途端、体中で魔力が暴走してゾワゾワしたんだったっけ。
私の魔力は熱となって体の中に渦巻き、頭のてっぺんから脊髄を通って足の爪先まで、ぐるんぐるんと暴れまわっている。動悸のような息切れのような変な疲労感を感じて、瞬きの回数が極端に減ると、リーツェスはニヤリと弧を描くように目細めて「失礼致しました」と手を離した。
「な、何をしたのですか?」
私は不審そうに尋ねた。リーツェスが手を触ると起こる魔力の体内暴走だ。しかも二度目。リーツェスが何か意図的にしていると確信がある。
「カティア様の魔力の量と強さを調べさせて頂いたのです。少し不快に感じられましたか?」
「え、ええ……。体内で魔力が暴れまわっているような感じが……。」
自分の両手に目を落とす。
……そうか。リーツェスは初めて会った時も、私の魔力の量と強さを見ていたのか。私が領主一族に匹敵する魔力を持っているか。町を守れるだけの力があるのか……。
魔力を調べられたことより、その結果の方に興味があった。
「……で、私の魔力はやはり増えているのですか?」
部屋の全員がリーツェスの回答をじっと待っている。リーツェスは焦らしているつもりはないのだろうが、百万円の賞金がかかったクイズの答えをじっと待っているような気持ちだ。
「予想通りです。カティア様の魔力の量はかなり増えております。強さもです。現時点で、量も強さもラステム様の魔力を遥かに越えています。」
「其方の魔力と比べてどうだ?」
領主様からサラリと出た質問に、私の中の時計が一瞬乱れてから、固まった。
……ん?領主様の言い方だと、まるでリーツェスの方が領主様よりも魔力が多いみたいじゃない?
「私以上です。」
……えっ?そういうこと?
私が驚きと困惑に口をパクパクさせていると、領主様が穏やかに笑い始めた。
「おや、カティアは知らなかったのかい?魔力だけで見るとリーツェスは私より量も多くて、強い。カティアが将来、ジオヴァーニを魔力面で補佐するように、今はリーツェスが私を魔力面で支えてくれているのだ。」
「ラステム様、そのような言い方をされると誤解を招きます。」
リーツェスは困ったような顔をして訂正した。
「元々はラステム様の方が魔力の量も強さも上なのです。ただ……」
リーツェスは領主様の方をチラリと見た。続きは自分でお話しください、と目で訴えている。
「病気をしてから……体と一緒に魔力もどんどん弱ってきてな……。」
領主様は目線を下に下げて、哀愁漂う表情で呟いた。まるで空気に消え入りそうな声色で、最後まで言葉を続けられない物悲しさが室内に広がった。
「けど、カティアがリーツェスよりも魔力が増えてきたというのは、我々一族にとっても、この町にとっても朗報だ。」
重苦しい空気を払拭するように、領主様が明るい声で言った。私の隣でジオヴァーニだけが複雑な表情を浮かべていた。
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