038 町民ホールで起こったこと

 「ジオヴァーニさっ……!」


 一瞬、何が起こったのかわからなくて最後の「ま?」が腑抜けた声になってしまった。男がジオヴァーニに向かって投げた礫なような物が、ぼんっと音を立てたかと思うと、一瞬にして四方八方へ粉々に砕け散ったのだ。舞い上がった砂埃がまるで煙のようで、この小さな空間で激しい戦闘でもあったのかと思わせるような光景に変わった。飛び散った砂埃をかぶった難民たちも私同様、何が起こったのか理解できず、ポカーンと間抜けな顔をしている。ジオヴァーニとリーツェスとグラジアーノの三人だけが驚きに目を瞬いた後、ジロリと複雑な視線を私に向けた。その視線は、超天然キャラの炸裂するボケに疲れるような、空気が読めず地雷をふみまくる人に呆れるようなもので、とにかく優しさとか親しみとか、そういった温かいものを全く含んでいないということだけは確かだった。


 ……みんな揃って……な、何なの、その目?


 私はすすすーっ、とリーツェスの足元まで忍び寄り、空気に消え入るような声で「な、何が起こったのでしょう?」と囁いた。リーツェスは手で額と目元を覆って、はぁ、と呆れたような溜め息を吐きながら「後ほどご説明します」とだけ言った。


 ……な、何なの、その溜め息!意味不明だよ!


 「リーツェスッ!」

 「はっ!」


 すぐにでも説明してもらおうとする私の声を遮るようにジオヴァーニが声を張り上げた。


 「あの者を捕らえ、連行せよ。」

 「はっ!」


 リーツェスは扉の外で見張りをしていた兵を三人だけホールの中に入れ、男を縄で捕り押さえた。男は最初こそバタバタと子供のように暴れまわって、叫び散らしていたが普段から訓練している兵三人とリーツェスに敵うわけがなかった。兵が男を連行していくと、リーツェスが私の側に戻ってきて呟く。


 「はぁ、残念な男だ……領主一族への攻撃は重罪。あれで彼は一生監獄から出られません……。」


 その言葉を聞いて、私はこの世界の罪人の暮らしを想像してみる。この超がつくほどの省エネでエコの世界の監獄なんて、きっと冬は極寒で夏は灼熱地獄なのが目に見えている。きっと石造りの建物で暖炉もエアコンも扇風機もないんだろうな……食事も質素だし、シャワーだってきっと浴びれないのではないだろうか。せっかく隣町から逃れて助かった命なのに、辿り着いた町で監獄行きって……残念すぎる。


 「カティア、君の担当は終わったか?」


 ジオヴァーニが男性の面談を全て終えたようだ。


 「はい、私の担当はジオヴァーニ様よりも随分と少なかったので、もう確認まで終えております。ジオヴァーニ様ばかりが負担を負う必要はなかったのですが……。」

 「問題ない。よし、では城へ戻るぞ。……そうだ……」


 ジオヴァーニは思い出したように振り返ってテイを探す。


 「テイ……と言ったか。其方には今から城へ来てもらいたいのだが……。いいか?」

 「お、俺が?」


 テイはポカリと口を開けて驚きながら、自分自身に人差し指を向けている。


 ……テイが?なんで??


 ジオヴァーニがテイを城へ連れて行く目的が掴めない私とは裏腹に、リーツェスとグラジアーノは察しているようだ。何だかいつも私だけが仲間外れみたいに遅れをとっている。むむむ……と、わざとらしく眉間に皺を作る。


 「カ、カティア様……。」


 よっぽど私の不満顔があからさまだったのか、リーツェスが再び呆れながら私を宥める。お得意の「後ほどご説明いたしますからね」と言って。


 私達は全ての面談を終えて、町民ホールの前から再び馬に乗った。ホールから城までの馬で五分の帰り道で、リーツェスは私の横について歩いた。パカパカ、パカパカ……。


 「カティア様、先ほどジオヴァーニ様が攻撃を受けた際、魔力を放ったご自覚はございますか?」

 「へっ?」


 いきなり予想外のことを言われて思わずすっとんきょうな声が出る。


 ……え。もしかして、あれ私がやったの?どうやって?


 自分自身でも、魔力をどのように操って礫を粉砕したのか想像すらできない。もう一度しろ、と言われてもきっと出来ないだろう。この「勝手に出ちゃった感」が何とも痛々しい。


 「恐らくジオヴァーニ様の攻撃を察して、無意識に魔力を放ったのでしょう。あの礫を粉砕したのは、間違いなくカティア様の魔力です。」

 「わ、私、そんなことができたのですね、ほほほ……。」


 やり方は存じませんけど、と心の中でつけ足しておく。


 「カティア様の魔力は増え続けていると見受けられます。恐らく、魔力を使ってできることも増えているかと……。今はまだ成長過程ですから、これからさらに魔力は増えると思います。」

 「ま、まだ増えるのですか?」

 「ええ。十歳過ぎから十五歳あたりをピークにして二十歳頃には止まります。」


 そんな話をしていたらあっという間に城に到着した。私は馬から降りると、自分の手をじっと見つめた。魔力で複雑な虹色の光を出す小さな手が、自分の体とは思えないような不思議な気持ちになる。ボーッと突っ立っている私にを邪魔そうにジオヴァーニが追い越す。


 「カティア、ボーッとするな。城へ入るぞ。」


 ハッと顔を上げると、相変わらずツンツンしたジオヴァーニが城へ向かって歩みを進め始めた。


 「あの……ジオヴァーニ様、テイは何のために城へ?」

 「東の方の様子を聞きたい。どれぐらい町や村があったのか、今生き残ってると思われる数、汚染の状況など、彼しか持ち得ない情報が我々には重要だ。君も同席するように。」


 そう言って足早に歩くジオヴァーニは、城内の階段の前でチラリと私の方へ顔だけ向けて「先ほどは……助かった。礼を言う」と小さく言った。ツンデレキャラのジオヴァーニに、ぷぷっ、と笑いがこみ上げた。

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