036 一族での打ち合わせ

 城へ来て一週間。毎日ハイクオリティーなドレスを身に纏い、広いベッドで休み、贅沢な食事を摂っていると、私の所作は自然と向上していった。背中が自然と真っ直ぐ伸び、歩き方は優雅に、話し方は上品に、といった感じで動きはどんどん洗練されていくのだ。ナディームも城で教育を受けるために毎日ここへ来ているはずだが、まだ一度も会えていない。私の教育とナディームの教育は内容が異なるため完全に個別で行われているのだ。もっと頻繁に会えると思っていたので、少しだけ寂しい。


 今朝も召し使いのジーナがベッドに朝食を運んできてくれたので、まだ温もりの残る布団に座ったまま朝の食事をとった。


 ……んん~、ベッドで朝食なんて優雅。はぁん。


 食事をしているとアイシェが入ってきて暖炉に火をつけ、今日の予定を伝えてくれる。


 「おはようございます、カティア様。体調などお変わりはございませんか。」


 毎朝、私の体調も必ず確認される。


 「大丈夫です。夜もよく眠れました。」

 「それでは、本日も予定通りですね。今日は午前中からグラジアーノ先生がいらっしゃいます。その後、グラジアーノ先生、ジオヴァーニ様、リーツェス様と町民ホールへ行くことになっております。」

 「町民ホール……?」

 「難民が避難している町の多目的ホールです。そちらで何をするのかは、グラジアーノ先生にお尋ねください。」


 グラジアーノ先生は領主教育を担当してくれている男の先生だ。歳は領主様と同じぐらいだが、領主様に比べると威厳のようなものをあまり感じさせず、けどこの世界で出会った人の中ではダントツでジェントルマン。なんとなく学校で補佐をしていたアーテムに似ている。


 朝食を終えると、私はベッドから飛び降り、ジーナを呼んだ。ジーナはまだ十七歳の召し使いで、私と歳も近いせいか気が合う。


 「今日は午後に外出するようなので、マントの色と合うドレスにしたいのですが……。」

 「マントは黒なので、どんな色でも大丈夫ですよ。けれど……こちらなんかは襟元にアクセントがついてよいのではこざいませんか?」


 ジーナは三着のドレスをベッドの上に並べて、真ん中のを指差した。濃紺のドレスで浅葱色の襟元には金の糸で刺繍がしてある。襟元とドレスの下に履くズボンを浅葱色で統一したら品よくまとまりりそうだ。一緒に買い物に行けるわけではないが、こうしてジーナと着るドレスや装飾品をコーディネートしたり、髪型を決めるのは楽しい。私はジーナの選んでくれるコーディネートが好きだ。というより、ジーナがこの短期間で私の好みを完全に把握し、私好みのドレスをチョイスしてくれている。


 「いいですね。ズボンは襟の色と同じ色の物をお願いします。」


 他の二着を素早く片付け、ズボンを持ってきたジーナに着替えを手伝ってもらった。その後、髪を整えてもらうのが私の日課だ。


 「外出されるのでしたら、今日は髪飾りをされますか?」

 「まだ外出の目的まで聞いてませんから髪飾りはなくて大丈夫です。だだ、馬で行くことになると思うので、髪だけ後ろでまとめてくれますか?」

 「カティア様の髪は、馬に乗ると乱れますものね。」

 「そうなんです!このクリックリの髪は揺れるとバネのように跳ねまくって大変なのです。特に馬の上では邪魔で仕方ありません。」


 フフッ……と上品に笑いながらジーナは私の髪を後ろで結う。私はジーナに礼を言って、いつも使うテーブルに座ってグラジアーノ先生の到着を待った。しばらくすると、コンコンと先生の到着を知らせるノックが聞こえた。入室を促すと私は立ち上がって先生を出迎える。


 「おはようございます、グラジアーノ先生。」

 「カティア様、おはようございます。」


 先生はゆっくり部屋へ入ってきて教材をテーブルへ置いた。私はアイシェに目配せしてお茶の用意をさせる。


 「……では前回の続きから始めましょう。」


 そう言ってグラジアーノ先生はテーブルの上に地図を広げた。今は町の地理を勉強している。以前、領主様から聞いた町の東西南北にある四つの「魔力供給ポイント」には星印がつけられていて、魔力持ちが住むエリアは水色に塗られている。住民の生活を支える水道局や農場、電力を供給する給電塔、病院や学校、兵士の館や罪人を収監する牢獄などの位置をひとつずつ丁寧に確認していく。最後に先生は町の中心部にある「町民ホール」に赤い丸印をつけた。


 「午後に行くことになっている町民ホールですね。今日はそこで、何をするのでしょう?」

 「カティア様には初めての領主一族らしい仕事ですよ。そろそろ難民たちに仕事をしてもらわねばなりません。今日は町民ホールへ出向いて、彼らの適正を見に行きます。その後、城へ戻って、話し合いながら彼らに仕事を振り分けます。」

 「……仕事……ですか。」

 「難しいことではありませんよ。農場や工場では人手がいくらあっても困りませんし、もし特別な知識や経験がある者でしたら専門職に、と振り分けるだけです。住まいも確保したいのですが、まだ準備が整っておりません。」

 「カジュアルな面談という認識でいいでしょうか。」

 「はい、間違っておりません。昼食後、馬で参りますので、そのつもりでお願い致します。」


 私はあの日以来、難民のことなんてすっかり忘れていた。彼らは、町に来てからずっと町民ホールで生活しているそうだ。食事は配給されるが、プライベートな空間もない大人数での共同生活は苦労も多いだろうな、とふと思う。町民ホールは寒くはないだろうか。防寒具は足りているだろうか。


 城のダイニングルームで打ち合わせも兼ねて、領主様、ジオヴァーニ、リーツェス、そしてグラジアーノ先生と昼食をとった。こうして領主一族が揃って食事をすることはあまりない。自室で食事をとる人もいれば、仕事が山積みで遅くに食事をとる人もいる。


 「午後の件は聞いたか?」

 「はい、グラジアーノ先生からうかがいました。けれど……お養父様、仕事の前に難民に住まいを用意することはできないのでしょうか?長い町民ホール暮らしにストレスを抱えていないといいのですけど……。」

 「住まいは今、手配している。だが収入がなければ自立もできんだろう。」

 「はあ……。」


 確かに住まいがあっても収入がなければ食料さえ買えない。領主様の言葉に、いとも簡単に納得させられてしまう。


 「案ずるな、カティア。焦らず、ひとつひとつ進めていけばいいのだ。難民達には、住まいは手配中だからあともう少し辛抱して欲しい、と伝えてくれ。」

 「かしこまりました。」


 すると領主様は、突然鋭い眼差しになり、威厳ある表情で全員に目線を向けた。低く太い声が響く。


 「それより……」


 その雰囲気に、他の者達はすっと真剣な表情になった。


 「近頃、難民たちに対する不平不満が町民から出ている。」

 「……当然、といえば当然でしょう、お養父様。余所者がこの町にやってきて、仕事もせず、配給で生活をしているんですから。」

 「ああ、わかっている。仕方のないことだ。……だから今日は念のため、兵を連れていきなさい。一班だけでよい。リーツェス、手配を頼む。」

 「かしこまりました。」

 「町民ホールの入口に兵を固め、町民は誰も入れぬように。乱入も赦すな。」


 領主様の懸念と指示を受けて、我々は食事を終えた。すぐに黒いマントをして、外へ出る。使用人達が、私達の馬を表庭に連れて待ち構えていた。兵も既に揃っている。


 「では行くぞ。」


 ジオヴァーニはそう言って、颯爽と馬に跨がった。ジオヴァーニに私が続き、リーツェス、グラジアーノ先生、兵という順で並ぶことになっている。颯爽と馬に飛び乗る他の三人とは違って、私一人だけ、使用人に抱っこして乗せてもらった。手伝ってくれる者がいない時は、「んしょんしょ」とよじ登る。その姿が残念なほど格好悪い。今も小さめの子馬に乗っている姿が他のメンバーから浮きまくって猛烈に恥ずかしい。


 ……私も早く大きくなって大人の大きな馬に乗りたいな。


 そんなことを考えながら、私達はゆっくり町民ホールへ向けて出発した。

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