034 城へ
あれから三日は学校への手続きの関係もあって、いつも通り学校へ通った。領主様と両親の話し合いも済み、ナディームは正式に教育の場を城へ移すことも決まった。
そして今日、私は住居を城へ移し、これからは城で教育を受けることになる。正式に領主一族の一員となるのだ。これからは少しずつ領主一族の仕事にも帯同させてもらうことになっている。
朝から家の前に引っ越しのための馬車が来ているのだが、私の引っ越しの荷物は少ない。というか、ほぼないに等しい。領主様が部屋も家具も服も用意してくれているので要らないのだ。母さんは私の大好きな手作りのジャムを瓶にたくさん詰めて渡してくれた。それから私は大事に隠し持っていた魔力の涙の結晶をハンカチに包んでポケットに入れた。父さんは魂が抜け落ちたような顔をしていて、母さんはガラス細工のように今にも悲しみで崩れ落ちそうな雰囲気を醸し出していた。馬車に乗り込む前に、私は家の表へ出て見送る両親に向き直った。
「父さん、母さん、今まで本当にありがとう。私を産んで、育ててくれてありがとう。」
そう言うと父さんの瞳から堪えていた涙が滴り落ちた。
「カティア……。カティアは城へ行っても、どこへ行っても父さんの娘だからな。」
……やめてよ、父さん……。私までもらい泣きしちゃうじゃん……。
「カティア。身体に気を付けるのよ。母さんは、領主様よりも、この町よりも、何よりもカティアのことが心配よ。無理だけはしないで。」
「……やめてよ、二人とも。私、死ぬわけでもないし、戦地に赴くわけでもないんだよ。同じ町に住んで、家族としてではなくても、道とかで顔を合わせるんだよ。」
「父さんは、領主一族のカティアを町で見る度に、誇らしい気持ちになるんだろうな。」
そう言うと父さんは乱暴に頬を濡らす涙を拭って、ニカッと笑った。
……うん。父さんはそうでなくっちゃ。
「カティア。もし……。もしも、お城の仕事や生活が辛かったら……もしも、もう無理だと思ったら……その時は何もかも投げ出して帰ってきていいのよ。カティアには帰って来られる場所があることを忘れないで。母さんは何時でもカティアの味方よ。」
「うん、父さん、母さん……。元気でね。ルドミラを宜しくね。」
そう言って私は馬車に乗り込んだ。馬車は大通りに出て、そのまま海沿いを北へと進む。途中、右手に広場が見えた。カティアになってから数日後に父さんと母さんと市に来た広場だ。そこで偶然にもジオヴァーニにも会った。今日もあの日のように太陽がキラキラ輝いている。底冷えするほど寒くても、陽がじんわり町全体を暖めている。
馬車が城へ着くと、入り口で領主様とジオヴァーニが待っていた。
「おはよう、カティア。よく来てくれた。」
「おはようございます、お養父様。ジオヴァーニ様。」
私はカーテシーで挨拶する。
「今日は荷物や部屋を整えるといい。明日から家庭教師が来るように手配してある。」
「恐れ入ります。」
それから私は城内の自室へ向かう。自室へ入ると二人の女性が待ち構えていた。
「はじめまして、カティア様。私はアイシェと申します。カティア様の側近兼召し使いとしてお世話をさせていただきます。」
「宜しくお願いします、アイシェ。」
「こちらは召し使いのジーナです。領主一族は、側近一人、召し使い二人がつくことになっております。今は私が側近と召し使いを兼任しますが、ナディームが側近になられたら、私は召し使いになります。我々はこの階の一番手前の使用人の部屋に常時待機しておりますので、御用の際はこちらのベルでお呼びください。」
アイシェは壁に付いているベルを指さして、部屋を出ていった。
「さて……。」
私は部屋を見渡した。このだだっ広い部屋でこれから暮らすのだ。
……テレビが欲しい。インターネットも。できればネットフリックスで映画見放題とかあったら完璧なのに……。
私はとりあえず荷物を片付け始めることにした。ほとんどが本と使い慣れた小さな日用品だ。最初どれぐらい城の用意ができているかわからないから、と洋服も少しだけ入っている。荷物を片付けてから、この部屋に必要な物を考えてみる。
暇潰しの本は必須だよね。あと筆記用具が欲しいな。寂しがっている家族に時々手紙を書いてあげたい。他に何か娯楽品ないかな……。この世界って本当に娯楽がないんだよなぁ……。趣味を作らなきゃ。
私は早速、壁に付いてるベルを鳴らしてアイシェを呼んだ。アイシェは本当にすぐに来た。
「カティア様、お呼びでしょうか。」
ノックと同時に部屋の外からアイシェの声がする。
「ジオヴァーニ様は普段どのように過ごされているかご存知ですか?」
「ジオヴァーニ様……ですか?」
「正直申しますと、部屋での過ごし方がわからないのです。私には趣味もありませんし……。本が沢山あれば読むのですが……。」
「ジオヴァーニ様はよく裏庭で馬にお乗りになってますよ。あと金属加工がお好きなようで、装飾品を作ったりもしておりますよ。」
ああ……そう言えば、初めて市で会った時、アクセサリー売ってたっけ……。
「ただジオヴァーニ様も今はそれほど自由時間はございません。次期領主として学ぶことが沢山ありますから。そちらに精を出しておいでです。カティア様も明日からはお忙しくなりますよ。今日はのんびりとお過ごしください。地下書庫から何冊か本をお持ち致しましょうか?」
「地下に書庫があるのですか?」
「ええ、本や書物が沢山ございますよ。地下書庫に関しては追ってお連れすることになっておりますが、適当に数冊見繕ってお持ちできます。」
城内に沢山本があるというのは無趣味な私にとって朗報だった。それでも趣味は必須だと思う。このエコな世界でできる趣味って何だろう……。楽器?市で楽器売りを見たから、楽器は存在するのは知ってる。ダンス?踊るだけなら体動かすだけでできるから、かなりエコな気がするし、健康的だ。ガーデニングとかもいいかも?!
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