033 これからのこと
「僕の本当の両親は、僕とルドミラの目の前で魔虫に襲われて命を落とした。」
「……え……。」
まだ心の動揺が収まらない。ナディームが隠し続けてきた深い傷を見せられている気分になって、潤みを増した私の瞳にはナディームが滲んでいる。
「動かない両親を目の前に途方にくれていたら、父さんがたまたま仕事帰りに通りかかった。僕は声をあげず静かに泣いていて、震える腕で二歳のルドミラを抱きしめていた。父さんはそのまま僕らを連れて帰って、そこから僕らは一緒に暮らし始めたんだ。その後すぐに母さんがカティアを妊娠したんだよ。」
……うちの家族、昼ドラ並に色々あったんだ……。
五歳の子供が、親の死を目の当たりにして、どれだけ深い傷を負っただろう。二歳の妹を抱き抱えて途方にくれていた心細さは計り知れない。だからこそナディームは魔虫に興味があったんだ。だから進学して、なぜ世界がこうなってしまったのか研究したいと思ってたんだ。
「長い間、子供を授からなかった父さんと母さんは、カティアを宝物のように大事にしてきた。勿論、僕とルドミラも大切にされたよ。けど僕はカティアが生まれた時に誓ったんだ。父さんと母さんの宝物を絶対に守る、と。それがあの二人への恩返しなんだ。僕はこの人生をあの二人へ捧げると決めているんだよ。」
「けど……私の中身はもうカティアではないけれど?」
「あの二人には関係ないよ。」
「父さんと母さんは嬉しいかな?ナディームが二人に人生を捧げようとしていると知ったら……。」
その問いにナディームは答えなかった。
「ルドミラには言うなよ。ルドミラは二歳だったから当時のことは何も覚えていないんだ。父さんと母さんから生まれたと思っていると思う。」
今までナディームはただ面倒見がいいんだと思っていたが、全ては父さんと母さんのためだったんだと思うと妙に納得できた。私が魔力持ちとわかった時も、ダルゴスに遭遇した時も。
家に着くと、ナディームと私は早速父さんと母さんにお城での話を報告する。
「そう……。学校ではなくお城で教育を……。」
「ラステム様が学校に連絡して、全ての手続きはしてくれるみたいだから、特に父さんと母さんがしないといけないことはないみたい。あと……城へ住まいを移す時期もよく考えて欲しいって。」
家にまだ住んでいるのは、私と離れる家族の気持ちの整理をつけるためでもある。けど、私はもう領主一族の人間で、これから毎日学校の代わりにお城へ行くんだったら、もう城に住んだ方がいいかもしれない。けど私が住まいを移したら、それは家族と公式な別離を意味する。父さんと母さんの血を引くたった一人娘の私。父さんと母さんは、こんなに早く私と離れられるだろうか。神妙な面持ちの二人に反して、私はあまり感情的でない。いまだに父さんと母さんに家族としての情を持てていないことに罪悪感さえ覚える。
「カティアはどうしたい?城へ移住したいか?」
父さんは、何かを決める前に必ず私の気持ちを聞く。そして私の意見を尊重してくれることも知っている。
「私は……城へ住むべきなんだと思うの。ラステム様の病状から考えても、なるべく早く領主教育を終えて、領主一族としての仕事ができるようになった方がいいと思うんだ……。」
沈黙が私達を包み込む。聞こえるのは暖炉の薪がパチパチと燃える音だけだ。暖炉の火の暖かさに重なるように、母さんがフッと笑った。
「カティアには敵わないわね。一体いつからそんなに立派になったの?六歳で、そんな風に領主様のことや町のことを考えられるカティアは私の誇りよ。」
「父さんもだ。ウチの娘が、この町を守る存在になるんだ。これほど誇らしいことはない。」
話し合った結果、早急に城へ住居を移すことが決まった。次はナディームだ。
「僕も学校を辞めて、城で教育を受けたいと思ってる。早く町の役に立てるようになりたいし、何より僕がカティアの側にいた方が父さんも母さんも安心なんじゃないかな?」
そう話すナディームに母さんは痛々しい視線を向けている。事情を知らない以前なら、その視線はナディームを心配する母性の現れだと思っただろう。けど今は、幼くして両親を亡くした少年の運命を哀れんでいるように見える。
「ええ、そうね……。ナディームの学校の手続きは直ぐに始めて、なるべく早くお城でお勉強ができるようにしましょう。ルドミラはそうなると一人で学校へ行くことになるけど、大丈夫かしら?」
ルドミラは母さんの言葉を聞いた途端、瞳に涙が湧き始めた。
「……そっか……。もう三人で学校へは行けないのか……。」
ナディームは、学校には一緒に行けないけど、僕の家はここだから毎日会えるよ、とルドミラを慰める。母さんは気丈に笑顔を見せていたけど、目はずっと潤んだままだった。私は家族をぐるりと見回す。実子と離れる両親。妹と離れるルドミラ。両親のために私の側近になる教育を受けるナディーム。深い情はなくても、大好きな私の家族。この家族の在り方を見て、私も少ししんみりしてしまった。
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