032 お城での話し合い

 「カティア。大体のことは側近から聞いたぞ。城への出入りを見られたとか。」


 いつもの部屋に入ってきた領主様は慌てた様子もなく私に訊いた。


 「も、申し訳ございません。見られてしまって……。」

 「いや、カティアが謝るべきことではない。私とて、いずれはこのようなことが起こると思っていたのだ。隠し通せることではない。」

 「お養父様のご病気や養子縁組については明言を避けました。将来的に領主一族のお手伝いをすることになっている、という曖昧な表現で納得してもらいました。オニキスのネックレスは見せましたけど。」

 「……そうか。感謝する、カティア。」


 病のことについて明言を避けたことに酷く感謝された。養子縁組よりも、病のことの方が秘匿度が高いようだ。


 「……さて……。どうしたものか……。」


 領主様は急に髭をゆっくりと撫でながら、今後について考え始めた。


 「カティアは今、二年生だったか?」

 「はい。」

 「……いい機会かもしれん。これから学校へは行かず、城へ来て、家庭教師をつけよう。勉強と領主教育を一貫して行えば、手間も省けよう。」


 父さんと母さんに相談しなくていいの?と一瞬思ったけど、もう私の父親は領主様になっていることに気付いた。私の教育方針について決めるのは領主様だ。


 「異論はないか?」

 「ございません。ナディームはどうなりますか?」


 ナディームに関しては、きっと領主様の一存では決められない。後日、父さんと母さんも呼んで話し合いをすることが決められた。


 「住まいについてはどうだ?希望はあるか?私個人としては、城へ移り住んでくれた方が手間は省けて助かるのだが……。城へ住まいを移す場合はなるべく早く申し出て欲しい。色々と手配することがあるのでな。」

 「私は住まいについて希望もこだわりもないのですが、この件はネヴィンとアイネとも相談させて頂きたいです。」

 「わかった。」


 私達はそこまで話すと、ずっと気になっていた事柄について聞いてみた。


 「お養父様……。あの、お身体の調子はいかがですか?」


 領主様が病気だということは聞いたが、どんな病気で、どれほど深刻で、余命がどれぐらいなのか私は知らない。


 「ああ、そのことか。」


 少し無言で考えた後、領主様は顔を上げた。


 「ナディーム。すまないが、君には席を外してもらいたい。」


 領主様の病状はトップシークレット扱いで、領主一族しか共有しないと決めているようだ。ナディームが部屋を出たことを確認して、領主様は私に向き直る。


 「私の病状に関してだが……君はどう思ってる?民の間では噂も少なからず広がっているだろう?」

 「正直に申し上げて、宜しいのでしょうか。」

 「ああ。有りのままを述べよ。」

 「正直申しますと、あまり身体が悪そうには見えません。先日も馬を乗っておられましたし、顔色も普通です。少し痩せていらっしゃいますが、病的に窶れてるようにも見えませんし。噂では、もう長くないと聞いていたので、正直驚いています。」

 「簡潔に言うと、私はあと十年は持たないというのが医者の見立てだ。このように自由に動き回れるのも、あと数年……。二、三年後には名ばかりの領主となり、領主としての仕事はできなくなるだろう。だからこそ君との縁組みや後継者の育成の準備を急いで始めたのだ。」


 あと数年は猶予がある、とわかって私は安堵した。ただ人の身体なので医者の見立てより短くなることも長くなることもあり得る。私は城へ住まいを移す時期についても改めて考え直す必要があると思った。


 「カティア。私の病状については他言無用で頼む。」

 「かしこまりました。」


 私はナディームと帰路についた。私は領主様が学校の手続きを終えたら、私はもう学校へ行かなくなる。あと何日ナディームとルドミラと三人で学校へ行けるだろうか。心の中に木枯らしが吹くように、寂しくなる。


 「ナディームは学校どうするの?」

 「僕は……。僕もお城で教育を受けたいと思ってる。学校では図書室に籠ってばかりだし、カティアの側近としてすぐに役に立つためにもそうしたいけど……父さんと母さんは許してくれるかな。」

 「ナディームが本当にしたいことは、もういいの?前は進学して研究者になりたいって言ってたよね?私のために諦める必要はないんだよ?」


 そう言うと、ナディームは急に真剣な顔になった。


 「カティアを守れなかったら、生きてる意味がないじゃないか。」


 ……はい?


 私はナディームの簡素な応えに混乱する。


 ……はい?なんか超意味深……。てか何?ナディームはシスコンなの?これ普通の兄妹の距離感じゃなくない?ルドミラとはこんなじゃないよね?何なの、これ?えーーー混乱!!


 「ナ、ナディーム……言ってることがよくわからな……」

 「勘違いするな、カティア。」


 ……へ?勘違い?


 「僕はカティアのために何かを諦めたりはしていないよ。僕の人生で最優先項目はカティアなんだ。」


 ……これ……まさか愛の告白?兄妹で??


 「僕は父さんと約束したんだ。カティアを守るって。」

 「なんで私なの?ルドミラは?」


 ナディームは足を止めた。私もつられて立ち止まる。ナディームの綺麗なエメラルドグリーンの目が私を真っ直ぐ見つめていて、なぜかピリッと凍った空気に息苦しさを覚える。


 「ルドミラはいいんだ。僕は父さんと母さんから生まれたカティアを守ると誓った。父さんと母さんへの恩返しなんだ。」

 「恩返し?」

 「カティア。僕らは血が繋がった兄妹ではないんだよ。」


 ……え、え……え……ええぇぇぇえーーー!!


 私に衝撃が走る。次に出す言葉が見つからない。


 「……え?私達、本当は兄妹じゃないの?」


 ナディームは首を振った。風が冷たい。もう日が暮れかかって、地平線に太陽が沈みかけている。空に闇がそっと広がり始めていた。

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