030 六歳の誕生日
今日は私の六歳の誕生日。私がカティアになったのが、ちょうど五歳になった直後だったから、私がこの世界に来てから約一年が経とうとしている。家の暖炉のパチパチいう音も耳に心地よくなってしまった。この世界では誕生日にケーキも食べないし、歳の数のキャンドルも吹き消さない。プレゼントも貰わない。家族からお祝いの言葉をかけられるだけだ。今日は、本来なら城に行く日ではないが、学校の後に寄るようにとお呼びがかかっている。
「六歳おめでとう、カティア。今日は学校の後、お城へ行くのね?夕飯は少しだけご馳走を用意して待ってるからね。真っ直ぐ帰ってくるのよ。」
「ありがとう、母さん。」
「カティアの六歳をこの家で祝えて父さんは幸せだ。」
「私もだよ、父さん。」
両親からお祝いの言葉をかけられると、私は学校に行く支度をする。ルドミラとナディームと一緒に家を出た。いつも通り学校で授業を受け、図書室で過ごした後、ナディームとお城へ向かう。こんな日に呼び出されるということは、誕生日のお祝いでもされるんだろうな、と思いながら海の方へ向かって歩く。
「カティアがもう六歳かあ……。カティアが生まれた日のこと、まだしっかり覚えてるよ。」
まるで久し振りに会った親戚の叔父叔母が「大きくなったねえ」と言うような目で私を見た後、ナディームは少し遠くを見ながら話し始める。
「あの日は大雪だった上に大気も不安定でね、助産婦さんがなかなか家に来れなかったんだ。」
「えっ!私、家で生まれたのっ?」
ナディームは驚く私を不思議そうに見つめた。
「カティアが前にいた場所では家で生まなかったの?」
最近、ナディームはよく私が生きていた日本のことを聞いてくるようになった。
「うん、普通は病院で産むよ。自宅出産とか選ぶ人もいたみたいだけど、緊急事態になったら、やっぱり病院の方が安心じゃん。」
そっか、と言いながらナディームは懐かしそうに昔話を続ける。
「父さんと母さんが生まれたばかりの小さなカティアを抱かせてくれたんだ。お産で疲れ果ててるはずの母さんが凄く幸せそうな顔をしててさ。父さんには『長男として、カティアを守ってくれ』て言われたな。」
私が生まれた時といえば、ナディーム五歳。ルドミラが二歳。二歳のルドミラには新しい家族の誕生なんてまだ理解できなかっただろう。五歳だったナディームには、しっかり理解できたからこそ、こうして私の世話を焼いてくれるんだろう。
城に着くといつもと同じ案内人が「お待ちしておりました」と私達を迎え入れ、城内へと案内してくれる。ちなみに案内人の名はダヌアー。今日もいつもの二階の部屋へ通される。
「カティア!よく来てくれた!六歳おめでとう。」
領主様はすでに部屋にいて、入るなり私の誕生日を祝ってくれた。いつもより声が大きくて、テンションが高い。
「まずは君の部屋が出来上がった。見てもらいたくてね。」
「部屋……ですか?」
「住居をこちらへ移したら必要になろう。そのために用意を始めておいたのだ。」
そう言って、領主様は私の背中を押す。ダヌアーに先導されて、私達は三階へ上がった。廊下を少し歩き、ダヌアーが足を止める。
「こちらのお部屋でございます。」
そう言って開けられたドアの向こうは広くて明るい部屋で、高価そうな家具が置かれていた。部屋は西向きで海が見える。執務机や応接テーブルなんかがあり、その奥にあるドアの向こうは私室になっている。私室にはベッドやソファー、机、テーブルがあり、私専用バスルームも併設されている。オーシャンビューに私室に専用バスルーム。贅沢すぎる。
「す、素敵……。」
「気に入ってもらえたかな?」
「ええ。ありがとうございます、お養父様。」
領主様は嬉しそうな得意そうな笑顔を見せた。
「さ。では、ダイニングルームでお祝いとしよう。」
「お、お祝いですか?」
「そうだとも。君の好きなものを用意しているぞ。」
「こ、困ります、お養父様。今日は家族と夕飯を一緒に食べるつもりで……。」
「大丈夫。そんなに沢山は用意していない。心配いらん。」
そう言って、私達はズルズルとダイニングルームへ連行された。ダイニングルームに入ると、長い長方形のテーブルがあり、その上には人数分のティーセットと巨大なプリンが置いてあった。
「ああっ……!プリンーーーっ!」
またいつか食べたいと思っていたプリンだ。しかも特大サイズ。畳半畳ぐらいはあるだろうか。プリンごときに恥ずかしいが、感激して目が潤んでいるのがわかる。領主様に促され、私とナディームは席についた。それからジオヴァーニも入ってきた。
「カティア、六歳おめでとう。」
「ありがとうございます、ジオヴァーニ様。」
私の横にナディーム、向かいに領主様とジオヴァーニが座り、側近たちがお茶を入れてくれる。プリンが綺麗な正方形に切って皿に盛られ、その横には四角いスポンジとマカロンなような洒落たお菓子が添えられている。質素なこの世界では、ものすごく贅沢なお菓子だ。
「改めて、誕生日おめでとう。カティア。」
「こんなにご用意くださって、本当に有り難うございます。お養父様。」
「数日前からジオヴァーニが張り切ってな。カティアはプリンが好きだからと卵を調達してきたのだ。」
「え!ジオヴァーニ様が……ですか?」
笑顔で話す領主様の言葉に驚いた私は、ジオヴァーニへ視線を向けて、睫毛をぱちぱちと瞬かせた。ジオヴァーニは照れ臭そうな、バツの悪そうな表情を浮かべて、居たたまれなさそうにしている。その様子が可笑しくて、私はフッと笑みを溢した。
「有り難うございます、ジオヴァーニ様。嬉しく存じます。」
私はプリンを口に運んだ。んん~!甘くて滑らかで、この上なく幸せな気持ちになる。
「カティア。乗馬はもう慣れてきたか?」
「はい、私専用の鞍と鐙も用意頂けましたし、とても乗りやすくなりました。まだ走ったり障害物は無理ですけど。軽速歩ぐらいでしたら、だいぶ慣れてきました。」
「馬は積み重ねが大切だからな。これからも練習に励むように。そろそろ座学やその他の内容も始めていかんとな。」
美味しいお菓子とお茶で私は大満足した。私達はその後、家族分のお土産のプリンまでいただいた。家に帰ると、ルドミラが猛烈にお土産のプリンに感動していた。
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