029 ベルスデーツェルの最東端
ジオヴァーニは私を軽々とお姫様抱っこで抱き上げると領主様のところへ連れていった。ちなみに騎兵隊たちは清浄化した難民をグループに分けて町へ誘導したり、難民が持ち込もうとした武器や私物の整理に忙しなく動き回っている。
「お養父様。残りは私がいたします。どうかカティアを休ませてあげて下さい。」
「ああ、宜しく頼む、ジオヴァーニ。カティア、よくやってくれた。」
領主様の労いの言葉を聞きながら私はふと思った。
……今、ジオヴァーニは確かに領主様のことを「お養父様」て呼んだよね?え?ジオヴァーニも養子になったの?てことは何だ…。私とジオヴァーニは血は繋がってないけど、兄妹ってこと?
そうだ。今まで、ちゃんと考えたことがなかっただけで、驚くようなことではない。領主様は後継者を探していて、一族を絶えさせないため、この町を守るために私を養女にしたのだ。一応、ジオヴァーニは領主様にとって遠い親戚関係にあるけど、養子にすること自体は驚くことではない。
……そうかぁ。ジオヴァーニが私のお兄さんなのかぁ。
優しく私の世話を焼いてくれるナディームが少し遠い存在になってしまった気がして、私はしんみりしてしまう私自身を可笑しく思った。つい数ヶ月前まで、日本で私の本当の家族と住んでいたのだ。それが突如、遥か未来に来てしまって別の家族と過ごし始めて。そして、まだ住居は移してないとは言えど、今は領主一族になった。情なんて湧く暇もないぐらい家族が目まぐるしく変わり過ぎている。なのに自分の兄がもうナディームではなく、ジオヴァーニになってしまったと思うだけで、物悲しくなるなんて、どうにかしている。
「……カティア。」
急に名前を呼ばれてハッと我に返った。座り込んでいる私の隣には領主様が膝を立てて屈んでいる。
「これから少しずつ領主一族としての仕事を覚えていってもらわなければならない。この場所は町の最東端だ。巡回の時もここには来なければいけない。大切な魔力供給ポイントでもある。」
「魔力供給ポイント……?」
「ベルスデーツェルは領主一族の魔力によってマイアズマに対するバリアを張ることができる。ここがバリアを張る際に重要なのだ。」
何だか知らない言葉や常識が出てきて、頭がついていかない。
「海辺に位置するベルスデーツェルは、内陸からの汚染水が川から流れ込む。それを食い止めることは出来ない。その水から土壌も汚染される。それも防ぐことは出来ないので、清浄化する、という対処法しかない。しかし大気は違う。内陸部からやってくるマイアズマだけはバリアを張れば防げる。だからマイアズマが発生した時は魔力を使ってバリアを張る。」
「マイアズマとは、汚染されて我々に有害な空気のことですね?」
「ああ、そうだ。だが、ふだんの大気計で計れるぐらいの汚染度ではない。マイアズマとは紫がかった霧状の空気で、町の大気計は間違いなく振りきれるほど汚染濃度が高い。人間だと五分も経たぬうちに命を落とすことになるほど有害だ。そしてマイアズマは前触れもなく突然発生する。」
……人間をものの五分で死に追いやるマイアズマ……。毒ガスみたいだ。
「町には東西南北に一つずつ魔力供給ポイントがある。いざという時にバリアが作動できるように定期的に魔力を供給しなければならないポイントだ。領主教育の中で、後々またここへ来ることになるが、頭の隅で覚えておいておくれ。この場所は町にとって重要だと。」
「……わかりました。お養父様。」
領主様の口調はいつもと変わらず穏やかなものだったが、自分の命が尽きるまでに領主の仕事の引き継ぎを何とか終えたい彼の焦りのようなものを感じた。
……やっぱり、もう長くないのかな……。
ジオヴァーニは全員に魔力を使って、町へ入れる状態を整えると難民たちは兵に誘導されて行った。仕事を終えた我々も、馬に股がり、城へ戻る準備を始める。私はまたもやジオヴァーニと相乗りだ。けど行きと違って歩いている馬に乗るだけなので、あまり揺れないし快適だ。私は魔力を沢山使って身体がぐったりしていたので、馬での移動は有り難かった。
町に入ると警戒体制が敷かれていたため、人影はなかった。まだ公には領主の養女と公表していない私にとって、領主一族と共に馬に乗っているのを誰にも目撃される心配がなくて少しホッとした。城へ戻り、リーツェスにより警戒体制が解かれたのは夕暮れ時だった。城で私の帰りを待っていたナディームと一緒に、私は帰宅した。今日、町の東で何が起こったのかをナディームに話ながら帰路を歩く。
「そうか……隣の町はもう駄目か。」
「うん。ラステム様も深刻な顔をしてた。」
「……直に隣町と同じ事がベルスデーツェルにも舞い降りるんだろうな。人間はどんどん瀬戸際に追いやられる。果たして僕達は生き延びられるのだろうか……。」
ナディームは顎に手をあてて、考え込む。
「ナ、ナディーム!不吉なこと言わないでよ!この町も人類ももうすぐ滅びるとか思ってるの?」
「ベルスデーツェルは最後の砦だ。南にあった隣村も北にあった隣村も数年前に滅んだ。そして今回は東にあった村……。」
ナディームの言葉を聞いて、全身にぞくりと悪寒が走る。私の胸の中で、何かの感情がぎこちなく揺れている。空気は凍てつくように寒くて、私はなぜか世の中の全てから冷たく見放された人類のひとりになったような気分になった。
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