028 隣町からきた難民
「い、今からこの山を駆け上がるんでしょうかっ?」
私は今、ジオヴァーニの暴れ馬に相乗りしている。馬が走り始めて五分ぐらい経っただろうか。私の目の前には町の東側に南北に走る山が聳え立っている。すごい傾斜だ。
「この方角に走っていて、山を駆け上がらないようにでも見えるのか?」
……やっぱりね。うん、わかってた!わかってたけど、聞いてみただけ!!
私はきゅっと目を閉じて、とにかく一刻も早く目的地に着くことを祈った。もしくは鐙が欲しい……。
……いや、いっそのこと、わざと落馬しちゃう?ここからだったら家まで歩いて帰れる距離だよね?
逃げ出すことを考えていた私の思考に反して、山を登り始めてすぐジオヴァーニは速度をぐんと落とした。前の騎兵隊との距離がどんどん開いていく。もしかして、私への思いやりから速度を落としてくれたのだろうか。私は乱れた髪を乱暴に掻き上げるとジオヴァーニを見上げた。
「あの……よいのですか?置いていかれてしまいましたけど。」
「君が前に乗っていると邪魔で前は見にくいし、手綱は引きにくいし、とにかく走りにくい。だいたいの場所はわかったいるから、このペースで行く。」
私に目線も向けずにジオヴァーニは言った。邪魔と言われて腹立たしいけど、実際、二人乗り用の鞍ではないし、私用の鐙もないし、走りにくいのは理解できる。何よりあの猛スピードではなくなったことにホッとしている自分がいる。
「君こそ、よくしがみついていれたな。」
ジオヴァーニは無表情だけど、感心しているようだった。
……うん、私頑張ってしがみついてたからね!
山を登りきると360度パノラマの大絶景が私を待っていた。西には海が広がっていて、小さな島々や地平線も見える。南北にはずっと陸が広がっている。そして西側を見るとすぐ万里の長城のような長くて巨大な長い壁が見える。その万里の長城もどきには、等間隔に見張り台があり、そこから外敵の侵入を監視している。その長い壁のさらに先に小さく見えるのが、隣の町からやってきた者達だろう。斧や鍬、中には弓矢を持ってる人も見える。中には風呂敷みたいな布に何かを包んで背負ってる女性もいる。子供もちらほら。何となくだけど、戦な感じはしない。
領主様はリーツェスを呼ぶと、騎兵隊の隊長を相手集団へ向かわせた。隊長が馬で敵陣まで駆けてゆくと、相手側の何人かの男と話をしている。とりあえず、いきなり激しい武力衝突にならなくてホッとした。隊長はしばらくすると、また馬で戻ってきて、リーツェスと領主様に報告する。領主様の低い声の「なるほど」という相槌が聞こえる。
「ジオヴァーニ、カティア。こちらへ来なさい。」
最後尾だった私達は、領主様に呼ばれて、最前へ向かう。
「隣の村はもう駄目らしい。完全に汚染され尽くしてしまったために、難民として逃れてきたようだ。受け入れを求めている。カティア、君の魔力を使いたい。汚染地域から来た人間を即座に町に入れるわけにはいかない。もし彼らが高濃度に汚染されていたら困るからな。」
虫や動物のように汚染地域でも生き延びれるように、人間も突然変異を起こしたら、もうゾンビ映画のようになるなだろう。それを防ぐためにも、私の魔力を使って、難民を清浄化してから町に入れたいようだ。無論、最初から汚染されていないのが一番いい。
「私は構いません。花や虫を清浄化するのと同じようにすればよいのでしょう?」
ああ、頼もしいですな、と言うとリーツェスはまた騎兵隊の隊長に指示を出す。ジオヴァーニは少し嫉妬深そうに私を見ていた。
「君は魔力が多くていいな。」
……そ、そうだ。ジオヴァーニってダルゴスの体液が欲しくて現場まで出向いたんだっけ。
「あ、あのダルゴスの体液を浴びてしまったのは、本当にたまたまなのですよ。私は元々、領主様の養女になる予定もありませんでしたし、魔力を強大化したいとも思っていませんでしたし……。偶然に……」
「わかっている。」
諦めたような声でそう言うと、ジオヴァーニは馬から降りて、すぐさま流れるような手つきで私を馬から抱き下ろしてくれた。今日、ここまで馬で相乗りしただけだけど、初めて市で会った時のジオヴァーニから印象が少し変わった。口調や表情は冷たいけど、そんな悪い性格ではなさそう……かも。
騎兵隊の隊長に連れられて難民が並ぶ。私は領主様、ジオヴァーニ、リーツェスと共に、見張り台の下へ来た。
「武器や荷物を置いて、前へ進むように。」
隊長の太くハリのいい声が響く。最初に私の前へ来たのは小さな赤ちゃんを抱えた若い女性だった。たぶん二十歳前後だと思う。その女性に抱かれている赤ちゃんは、首は座っているけど、お座りはできなさそうな月齢だ。
「まずは赤ちゃんを。」
そう言って清浄化しようと私が手を伸ばすと、魔力がぶわっと引き抜かれたような感覚に襲われた。あんな小さな赤ちゃんが、かなり酷く汚染されていたのだと悟る。その後、赤ちゃんの母親に魔力を使った。清浄化された人々は皆、少し髪の毛や肌や目の色が鮮やかになった。川辺の花といい汚染されている物は色が少し濁ったり、くすんだように見える。私は次から次へとやってくる難民を清浄化していく。話を聞くと、隣町には魔力持ちが一人もいなかったらしい。
……この世界には今、どれぐらいの人間がいるんだろう……。
魔力を使いながら難民の話を聞いていた私は、人類の未来が、地球の行く末が不安になった。この町も行く行くはこの人達の住んでいた町と同じような運命を辿るんだろうか。そんなことを考えながら、半ば流れ作業のように難民を浄化していく。初めてこんなにも魔力を使い続けた私は、もうすぐ六十人に達するところで酷い目眩を覚え、その場にしゃがみこんだ。
……た、立てない……。きっと魔力を使いすぎちゃったんだ。
私の体に負担が出始めたことに最初に気付いたのはジオヴァーニだった。しゃがみこむ私の肩に優しく手を置いた。
「カティア、よくやった。残りは私がする。」
私は咄嗟にパッと顔を上げたが、ジオヴァーニは薄い笑みを浮かべて囁いた。
「案ずるな。十人余りだったら私の魔力でも大丈夫だ。」
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