027 出陣

 ……プリンに釣られた養女。

 ……プリンに釣られた養女……。

 ……プリンに釣られた養女…………。

 ぬぉぉぉぉぉおおおおーーー……。


 「久々に食べた美味しいプリンに感動して何が悪いっ!!」


 悪夢に魘されていた私は、夢の中で叫んで目を覚ました。ふぬー、と鼻から荒い鼻息が出るほど、ジオヴァーニに会ってから心の中で感情が波立っている。いや、図星なのだ。プリンが美味しくて養女になることを決めたわけではないが、養女になれば懐かしいお菓子やお肉が食べれるかも、という下心があったことは認める。けど真正面からオブラートにも包まずに言われると心外なのだ。


 ……プリンに釣られるとか……まるで私が食べ物のことしか考えてない単細胞みたいじゃん!失礼すぎる。


 ナディームはプリンに釣られたと言われて荒れ狂っている私を見て、笑いを堪えながら宥めてくれた。


 ……必死に口を押さえながらね……!!ナディームまでそんな楽しそうにしなくてもいいのに……!!


 そんな「プリンに釣られた養女」である私は、あれからさらに乗馬の回数を重ねていた。あの日以来、ジオヴァーニとは顔を合わせていない。ようやく私用の鐙も出来上がって馬の背中に乗るのにも慣れてきたところだ。まだ歩くだけしかできないけど、だいぶバランスがとれるようになってきたことが自分でもわかる。もう乗馬の翌日も筋肉痛は襲ってこない。ふふん。


 「カティア様は鐙が出来上がってから、本当にバランスを取りやすくなったようですね。安定感が以前と全く違います。」


 リーツェスはいつもの優しい笑顔で誉めてくれる。いつも笑顔で優しい紳士のリーツェス。怒ることなんてあるのだろうか。一応、兵士の総指揮を取る立場なんだから、厳しい時もある……はずだよね?紳士なリーツェスが本気で怒ったら、背中が凍るほど怖そうだ。怒られたくないものである。そんなことを考えながら今日も、私がいつも通りヌラに跨がり、乗馬の練習をしていると、二人の兵士がリーツェスのところへ何か報告に来た。リーツェスの「わかった」という小さな返事の後、リーツェスは私に向かって真面目な顔を向ける。いつもの穏やかな笑顔はない。


 「カティア様。東の山の向こうから、隣の町の民がこちらに向かってきていると報告が入りました。数は七十ほど。武装している者もいるようです。」


 はあ……、と私が訳もわからず報告を聞く。


 ……これは何?戦?隣の町からの侵攻?で、これから何が始まるの?


 「私はラステム様と現場へ向かいます。カティア様にも領主一族な教育の一貫としてご同行願います。見学して頂くだけで、危険なことに巻き込まれることはございません。」

 「……ええ。一緒に行くのは構いません。ただ私まだ馬は乗りこなせているとは言えないのですけれど……。」


 領主教育として私も行くべきなのはわかるが、馬に乗って城の敷地外を歩ける自信は正直ない。


 「ジオヴァーニ様も参りますので、カティア様はジオヴァーニ様の馬にご同乗下さい。」


 ……え。え、え、え。えぇーー。うそーーん……。


 「ナ、ナディームはどういたしましょう?」

 「彼は領主一族でも兵士でもありません。同行はしません。城でお待ち頂きます。」


 ナディームが来ないことと、ジオヴァーニの馬に相乗りしなければならないダブルパンチに私の気分は底辺まで暴落した。嫌だ、嫌だ、嫌だ。憂鬱すぎる。リーツェスは側近に指示を出し、私を引き渡した。


 「カティア様、私は出発の支度がございますので城内一階のホールでお待ちください。直にジオヴァーニ様がいらっしゃると思います。」

 「はぁーい。」


憂鬱で泣けるものなら泣いてしまいたい私は、何の罪もないリーツェスにやる気のない返事をした。……ごめんね、リーツェス。リーツェスは私の返事など気にもしない様子で、さっと踵を返す。城内の待合ホールにいると、二階からジオヴァーニが階段を下りてきた。分厚くて黒いマントを纏っている。


 「カティア、準備はできているな?」

 「……はい。」

 「では行くぞ。」


 ジオヴァーニは召し使えに指示を出して、私にも黒いマントを被わせた。ベルベットのような生地で分厚くて温かい。私は、ジオヴァーニがまた色々とからかってくると思って構えていたが、ジオヴァーニはあまり言葉を発することなく、てきぱき出発の準備を進める。馬小屋へ行き、黒い馬を出したりと、かなり手際がいい。私をさっと抱き上げ、馬の背に座らせると、直ぐにジオヴァーニ本人も馬に跨がる。


 ……リーツェスは私を抱き上げる時はいつも「失礼致します」と一声かけてくれるんだけどな!!


 鞍には革製の小さな鞄の持ち手のような物がついていた。ちょうど私の乗っている目の前にある。ジオヴァーニと相乗りなので、鐙に私の足は届くわけもない。私が手綱を引くわけでもないので、何かに捕まらないと落ちそうだ。


 ……このハンドルを持っておこう。


 私はおまるに座る子供のごとく目の前の弧状のハンドルを握った。情けない有り様である。しかし、見た目はともかく、これなら何とか落馬しなさそうだ。ジオヴァーニは馬を城の表に歩ませる。城の表には臙脂色のマントを纏った騎兵隊が揃っていて、その最前列にはリーツェスがいた。着替えて臙脂色のマントをした兵の装いだ。いつもの優しい雰囲気はなく、表情がキリッとしている。ジオヴァーニは馬を騎兵隊の横につけた。


 ……な、なんか馬の相乗りって距離が近過ぎやしない?


 こんな時に私はなぜか変な事を意識し始めた。馬に二人で乗っているとジオヴァーニが後ろから私を包み込むような体勢になるのだ。なんだかドキドキしてしまう。


 「カティア、邪魔にはなるなよ。」


 急に後ろから名前を呼ばれて心臓が跳ね上がった。思わず後ろを振り向くと、ジオヴァーニの顔がやけに近い。冷たい表情で鼻眼鏡を通して私を見下ろしている。


 「じゃ、邪魔とはどういった意味でしょう?」

 「ラステム様の準備が整えば、恐らく馬で山を駆けることになる。その頭を俺の顎に当てるなよ。」


 ……馬で山を駆ける?


 「き、気を付けますがジオヴァーニ様も気を付けながら走って下さい。私、馬にはまだ慣れていないのです。相乗りの経験もございません。」


 そんなやりとりをしていたら領主様が出てきた。ジオヴァーニと同じ黒いマントを被っている。オニキスといい、マントといい、黒は領主一族の色だという決まりでもあるのだろうか。


 「旧グリート城跡の方角に武装した集団が現れた。数は七十ほど。今から現場に向かう。威嚇し、追い払うことを優先する。私の後にリーツェス、兵、最後方にジオヴァーニが続け。」


 そういうと領主様はすごい早さで馬を走らせる。リーツェスと騎兵隊も続く。その後に私達だ。馬はすごく揺れてパッカパッカ走る。私のクリックリの髪の毛が頭上で休みなく飛び跳ねている。


 「ぎゃ、ぎゃあああ!ちょっ、ジオヴァーニ様!速すぎます!!わ、私、お、お、落ちそ……。」


 ……このジオヴァーニの馬、暴れ馬なんじゃないよね?


 まるで暴れ馬のように馬が揺れる。私は必死にハンドルに掴まっているけど、落馬は時間の問題な気がしてきた。


 「やかましい。口を閉じろ。舌を噛むぞ。」


 ……スピードは緩めてくれそうにないね。


 私はこの恐ろしく揺れる絶叫マシーンにただ必死にしがみつきながら、著著切れそうな涙をぐっと堪えた。


 ……あー……早くウチに帰りたい!母さーん!父さーん!

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