026 再会
驚いた。子供って筋肉痛がすぐ治るのだ。あんなに痛かった下半身が二日も経つと元通りになった。足が短かったり、早く歩けなかったり、高いところに手が届かない五歳児の自分を「お子ちゃま」だと少し軽視していたけど、若さの素晴らしさを再確認した。うん、若いって悪いことばかりじゃない!
今日は放課後また城へ行く。二回目の領主教育だ。肌寒いけど、空は雲一つない快晴で陽に当たっていると、ほんのり温かい。外での乗馬練習もこの気候なら辛くないな、と思いながら朝は学校でお勉強である。学校では歴史の勉強の最中だ。何でも、私達の住む地球には、かつて人間が消費した有りとあらゆる物がそのまま地上に残ったままなのだそうだ。それが自然や生態系を破壊し、人間が住めないような汚染区域になり、汚染区域がどんどん広がって、人類は寸土しかない居住可能な土地に追いやられることとなった。これがカティアとして習っている人類の歴史だ。ちなみに自然が破壊された要因はいくつかあって、それについては後々ひとつひとつ取り上げて学ぶ、とオクサーナ先生は詳しい説明を避けた。
学校の後はナディームと城へ向かう。前回、リーツェスに「次回からは裏庭でお待ちしております」といわれたため、すぐに裏庭へ向かう。裏庭へ抜けるトンネルのような通路を抜けると視界がパッと広がる。裏庭に足を踏み入れると、そこには軽快な馬の足音が聞こえる。誰かが馬に乗っているようだ。音の方に視線を向けると、忘れかけていた顔があった。
……えっと、えっと、えーっと……何て名前だっけな?あの人……
自分の過去の記憶を辿る。どこで会ったんだっけ。何で、あの人の顔知ってるんだっけ。何か思い出せそうで思い出せない。馬はこちらに歩いてきて、歯痒い思いをしている私のすぐ目の前で止まった。
「やぁ、カティア。また会うことになるって言ったろう?」
「……あ!あの時のアクセサリー売りの!」
そうだ。カティアになって間もない時に、市で会ったアクセサリー売りの男。ここに居るということは、彼も領主一族か領主に仕える臣下なのだろうか。
「ジ、シオヴァーニ様!」
リーツェスの少し焦ったような声が響いて思い出した。そうだ、名前はジオヴァーニだ。
「ただ挨拶しただけだ、リーツェス。しかしプリンに釣られた養女がカティアだったとはな。」
そう言いながらジオヴァーニはククク……と静かに肩を震わせた。声には出してないけど、この人、むっちゃ笑ってる!
「ジオヴァーニ様、お戻り下さい。カティア様はこれから練習のお時間です。」
ふん、と鼻をならすとジオヴァーニは機嫌良く馬で駆けて行った。何だか小馬鹿にされてるような気がするのは、私だけだろうか?
「リーツェス、あのジオヴァーニというのは一体どなたなのですか。」
「ジオヴァーニ様はラステム様の義理のお兄様のお兄様に当たる方のお子様で、現段階で唯一の次期領主候補です。ただ領主一族と直接の血の繋がりはないため、魔力には多少不安がございます。カティア様は将来的にはジオヴァーニ様を魔力面で補うというお立場なので、一番顔を合わせることになると思います。」
そういえば、領主様と初めて面会した時に「姉の結婚相手の兄に男の子がいる」て言ってた。
!!!ジオヴァーニが次期領主候補だったのか……!
リーツェスは「今後はカティア様も『ジオヴァーニ様』と様付けでお呼び下さい」と付け加えた。
……てか「プリンに釣られた養女」って、言ってたよね?どういう意味っ?失礼じゃない?
「……あれが、前にカティアが話してた市で会ったアクセサリー売りのジオヴァーニ……だよね?」
ナディームが私の顔をそっと覗き込む。
「噂では聞いていた……血族でないために魔力が弱くて不安がある領主候補者が一人いる、と。」
「ナディーム!わ、私、からかわれたよねっ?」
「あれはカティアの緊張を解くための優しさ……だったと信じることにしよう。」
……はぁ……あの人とは極力関わりたくないな……。
「リーツェス。私、以前にジオヴァーニ様と会ったことがあるのです。その時ジオヴァーニ様は市民の開く市で装飾品を売っていたのですけれど……。」
あの日、彼は一体あそこで何をしていたのだろう。領主候補者だとしたら、あんな所にいて良かったのだろうか。
「ジオヴァーニ様は魔力量の不安から、魔力の強大な方を探しておられました。市でカティア様に会った事は内密に報告されております。その後、ダルゴス討伐の際も現場に足を運ばれております。魔力を増強するために、幻の魔虫の体液が欲しかったようですが、カティア様が浴びてしまわれて……。」
ジオヴァーニは私の魔力量に目をつけていたと同時に、ダルゴスが出た時は魔力強化目当てで一目散に現場に向かったらしい。着いた時には私がダルゴスの体液浴びてしまってて後の祭りだったみたいだけど。
……ごめん。ジオヴァーニが喉から手が出るほど欲してたダルゴスの体液……私が浴びちゃってごめん。けど、たまたまなのですっ!
私は心の中でジオヴァーニに謝りながら、ダルゴスの体液を浴びてしまった自分の空気読めない運命を呪った。
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