025 初めての領主教育

 これは、もう秋というか冬だ。短い夏が瞬く間に終わったと思えば、秋を通り越して冬が来た。まだ寒さは厳しくないけど、日本で言ったら真冬の気温に近い。軽くて温かいダウンジャケットが欲しい。


 今日は放課後、初めて城へ教育を受けに行くことになっている。学校から城までは海の方へ歩いて十分ちょっと。あまり遠くない。城へ着くと、入り口に見覚えのある顔が見えた。


 「ご無沙汰しております、カティア様。お待ちしておりました。」


 笑顔でそう出迎えてくれたのは兵士の総指揮をしているリーツェスだ。白いシャツに茶色い革製のジャケット、首にはスカーフを巻いている。いかにも「高貴な人」といった洋装だ。こんな人からカティア様、と様付けで呼ばれるとくすぐったい気持ちになる。これも領主の養女として慣れるしかないのか。


 「久方ぶりにお目にかかります、リーツェス様。」


 私はカーテシーで挨拶する。以前と同じように様付けで呼ぶと、リーツェスは「私のことはリーツェスと呼び捨てでお呼び下さい」と穏やかに言った。


 ……そっか。私の方が身分が高くなっちゃったもんね……。服装だけ見たら、絶対に真逆だと思われそうだけど。


 「領主教育の最初にマスターしてもらうのは乗馬です。カティア様は町の巡回にも行かなければなりませんから、馬を乗りこなせるようにならなければいけません。乗馬の経験はございますか。」

 「……ご、ございません。」


 ……乗馬か。したこともないし、馬とか大きいし、ちょっと怖い。蹴られたりしないかな?


 リーツェスは私とナディームを城の裏にある庭へと案内してくれた。ただの広大な原っぱだけど、きれいに刈られている芝や、念入りに手入れされている花と低木が、ここが私有地なんだと物語っている。私は内心ちょっぴりプリンや牛乳を使った美味しいお菓子を期待していたが、今日は城内には入らなさそうだ。


 ……ちぇ。ちょっと期待してたんだけどな。


 一人勝手に現金なことばかり考えて、ガッカリしている私を他所に、リーツェスは私とナディームに一頭ずつ若い馬を連れて来た。私は若い白い馬で、ナディームは黒い馬だ。ここからはナディームと別で教育が行われるので、ナディームとは別行動になる。ナディームは教育係と思われる男性に連れられて、他の場所へ行ってしまった。じゃあね、とナディームに手を振った私は、リーツェスに「この子の名前はヌラです。まずは撫でてあげてください」と言われて、恐る恐る目から鼻にかけて撫でてみた。ヌラは撫でられながら、その優しい瞳で私を見ている。


 「馬に乗るときはバランスが大事なんですよ。」


 そして「失礼します」と言いながら、私を持ち上げて馬の背に乗せた。視界が急に高くなって、気分がパッと変わる。リーツェスがヌラの横に立ち、手綱を引きながら、ゆっくりと歩くと、ヌラもリーツェスについてゆっくり歩き始める。


 鞍はあるけど子供用の鐙はなかったようで、私の足は大人用の鐙に届かない。なので、ちっとも安定しない。リーツェスが言っていた「バランスが大事」という言葉が少し違った意味で説得力を増す。時々、ヌラがぶんぶん頭を振るので、その度に体が揺れる。


 「わっ!わわわっ…!」


 どこかに掴まりたいのだが、掴まる物が手綱しかない。私はヌラの背中でワーワーキャーキャー叫び続けて初日の乗馬訓練を終えた。時々、城の使用人たちが変なものでも見るように足を止めて、叫び回る私を凝視したり、クスクス笑っているのが見えて、数時間とても恥ずかしい思いをした。帰り際に「カティア様用の鐙を大至急でご用意致しますね」と言うリーツェスにお礼と挨拶を言って、私とは別行動だったナディームと合流して帰路につく。


 「馬って想像してた以上に揺れるんだね。全然バランスがとれなくて何度も落ちそうになったよ。馬車と全然違う。」

 「今日カティアは鐙に足が届かなかったから、難しかっただろう?僕もすごく苦戦したよ。」

 「アレで馬が走ったら、もっと揺れるんだろうな……。乗りこなせるようになるには時間がかかりそうだね。」

 「ちゃんと乗れるようになるまで二、三カ月かかるらしいよ。焦らず、じっくり練習していかなきゃな。」


 初めての乗馬訓練は、まるで乗馬体験プログラムみたいで楽しかった。早く乗りこなせるようになりたい。私みたいな人間にも、流鏑馬みたいなカッコいい芸がひとつぐらい欲しい。


 家に帰ったら、学校の宿題をして夕飯を食べる。乗馬の練習をしたと話すとルドミラは「すごい、すごい!カッコいい!」と大興奮だった。母さんは「落馬したりしないように気を付けてね」と私とナディームを心配していた。父さんは「またプリンが出たのか?」と聞いてくる。


 ……ここにもいたよ、現金な人が。人のこと言えないけど。


 翌日、ナディームと私を襲ったのは下半身の激しい筋肉痛だった。ナディームは「酷い筋肉痛だ」と言っていても、あまり辛そうには見えないのが羨ましい。私はとにかく動いたら痛い。立ち上がっても、座っても、歩いても痛い。「こ、股関節がぁ……!」「内股がぁ……!」と苦しみながら老婆のようにしか歩けない私を見た学校の先生やクラスメイトは皆、興味深く私の動きを凝視していた。


 ……えええーーーん。みんな見ないで!お願いだから、みんな見ないでー!!


 次、城に行くのは二日後だ。それまでに、この筋肉痛は治るのだろうか。鐙は二日では出来上がらないだろうから、延期にならないかな。てか、なんでナディームは筋肉痛なのに涼しそうな顔して歩けてるの?!

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