023 領主様との面会日2

 「……カ、カティアを……ラステム様の養女に……?」


 父さんは動揺を隠しきれない様子で、怪訝そうに領主様に聞き返す。母さんは小刻みに震えている。


 「大変なことをお願いしているのは重々承知です。あなた方の大切な家族を取り上げようとしているのですから。」


 領主様は心苦しそうに顔をしかめながら言った。


 「どこから話しましょうか……。私の病気のことはご存知でしょうか。」


 噂程度ですが、と言いながら父さんはコクリと頷いた。


 「病気になり、体力は衰える一方です。私の命が尽きる前に、領主一族を整えておきたいのです。」

 「……整える……と申しますと?」

 「私には子供がいません。唯一の血族は亡き姉だけですが、姉夫妻にも子がいません。義理兄の兄に一人男の子がおります。魔力的には、その子だけが現段階の後継人候補ですが、それでも彼の魔力は少なすぎます。つまり町と民を守れるだけの魔力が、私を除いた今の一族にはないということです。」


 父さんと母さんは、町の他の魔力持ちでは駄目なのかと聞くものの、領主はアッサリと首を横に振った。


 「ダルゴスの体液を浴びたカティアの魔力は、この町の魔力持ちを全員集めても超えられません。カティアの魔力は強大なのです。おそらく私よりも……。」


 父さんも母さんも、そしてルドミラも目を丸くしている。まさか私の魔力がそこまで強大だなんて想像もしていなかったのだろう。私自身もビックリだ。ナディームだけは涼しい顔をして、領主様の言葉を聞いている。私は恐る恐る口を開いた。


 「あ、あの……私は将来的に領主にならないといけないのでしょうか……?」


 本音を言えば、そんな領主なんて身に余る地位には絶対つきたくない。


 「領主一族の女性は四十歳までは領主になってはならないという決まりがあります。その後のことは私にはわかりません。カティアが領主として町を治めたいと希望するのであれば、領主になればよいでしょうし、その意志がない場合は領主候補である者が後継するでしょう。」

 「なぜ四十歳なのでしょう?」

 「子供が出来る可能性が低くなってから、ということです。領主の仕事は多岐に渡りますし、妊娠・出産・育児を理由に休めるものではないのです。」


 容易に納得できた。ここに産休や育休やんてシステム整っているわけがない。そして領主の仕事が年中無休だということも悟った。


 「今すぐ返事は要りません。そうですね、一週間ほど話し合ってお返事を持ってきて来ていただけたら、と。そちらの条件がありましたら、なるべく考慮したいと考えてます。ただ……」

 「……ただ……?」

 「カティアが養女になったら、彼女は領主一族です。ご家族と今までなような馴れ合い、触れ合いはできないとお考えください。」


 家に帰ってからの家族内の空気はどんより重かった。私達はダイニングテーブルに座っている。誰も言葉を発しない。


 ……暗い!葬式並みに暗すぎるよ!!電気つけて!!花火もドッカーンと打ち上げて!!LED!!LEDライト大至急!!


 一番悲壮感を漂わせているのは母さんだ。失礼を承知で言うと、ルドミラは相変わらず何も考えてなさそうに見える。間違ってたらごめん、ルドミラ。


 「もー、みんな暗いよ!暗すぎ!葬式かっ!!」


 私は辛気臭い雰囲気に電気を点けるように言葉を発した。暗いのは好きじゃないのだ。そんな私を見て父さんは、何か頼もしいものでも見ているように感心しながら笑う。


 「カティア、お前はどうしたい?家族と縁を切って、領主様の養女になりたいか?」

 「ん~……。領主様の話し方からして、私は断れる立場じゃなかったと思うんだよね。」


 うんうん、とナディームは首を縦に振る。


 「だって、私の魔力がないと町を治められないんでしょ?もし私が養女にならなかったら、この町はどうなるの?平和が維持できるとは思えないんだよね……。」


 領主様からのお願いは、穏やかな命令に近かった。私は養女にならないといけないと思う。


 「……カティアの気持ちはどうなの?」


 母さんの目が涙で潤んでいる。私は生まれてこのかた、こんな悲哀を帯びた表情の人を見たことがない。


 「私はね……」


 カティアになってまだ一年も経っていない。家族は好きだけど、そこまでの深い情はまだ持っていない。けど、なるべく家族を傷つけないよう言葉を慎重に探す。


 「悪い連中に養子にとられて、悪い待遇を受けるんだったら、絶対に行きたくない。けど領主様に必要とされて、きっと歓迎されるんだと思う。虐待とかされないだろうし、良くしてもらえると思う。だから行ってもいいよ。それで町の役に立てるなら。」


 母さんの目から宝石のような大粒の涙がぽろぽろ落ちた。


 「カティアは立派だね。なんか……まだ五歳なのに凄い……。」


 ルドミラが微笑んだ。その目には光るものがある。


 「けど、直ぐにというわけにはいかないだろう。心の準備もあるし学校だってまだ卒業していないし……」


 父さんは、うーん、と考えて顎を触る。


 「せめて、一年後とかカティアが卒業後とか先延ばしにできないか交渉してみよう。」


 父さんがそう言った瞬間、ナディームが勢いよく立ち上がった。


 「……決めた。」

 「へっ?決めた……て、何を?」

 「進路をさ。僕は領主一族のカティアの側近になる。」


 おお!ナイスアイデア、ナディーム!!


 「僕がカティアの側近になったら、カティアの様子を母さん達に話すことが出来るし、手紙を預かる使者なんかもできるだろ?それに……」


 兄として、小さなカティアを両親から離すのはやっぱり心配なんだ、と呟いた。


 ナディームの決意は幾分か母さんの悲壮感を和らげてくれた。私も絶対的な信頼をおくナディームがいてくれると嬉しい。家族との繋がりが完全になくならないというのは、ルドミラと父さんにとっても嬉しいことらしい。


 領主の養女になることは決まった。

 養子縁組まで期間をもらうこと。

 ナディームを私の側近にすること。


 養子縁組までの期間やナディームの待遇については交渉しないといけないけど、領主様は条件があれば考慮すると言っていたし、父さんには交渉役を頑張ってもらおう。


 一週間後は父さん、ナディーム、私の三人で城へ返事を持っていくことに決まった。話し合いが終わると母さんは私のところへ歩み寄ってギュッと私を抱き締めた。

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