022 領主様との面会日1

 領主様からの手紙を受け取ってから半月近く過ぎた。うだるような暑さが嘘のように秋めき、朝晩は肌寒くなってきた。その間に、父さんは私の魔力のことを母さんとルドミラにも話していた。私が魔力持ちだと聞いた母さんは戸惑いながらも「カティアが将来、良い仕事をすることになるなんて、母さんは誇らしいわ」と言った。ルドミラは猫の目の一件を思い出して「ああ、なるほど」と納得した様子で「魔力見せて」とうるさい。勿論、この事は家族内の秘密だ。そして私達一家はは二週間後に迫った領主との面会について対策を練っていた。


 「カティアの魔力の事についての面会であることに間違いはないだろう」

 「父さんと母さんとカティアの三人で行くの?」

 「うーむ……。頭の良いナディームが来てくれた方が、父さんは安心だが……じゃあルドミラも連れて皆で行くか?」


 私は領主様のお屋敷で一体どんな話があるのか検討もつかない。きっと父さんとナディームも一緒だ。だからこうして毎晩話をしているんだろう。


 ……私の魔力に関してだとしても、何?魔力持ちだということを秘密にしていても罪じゃないよね?まさか、この世界では重罪になるとか?嫌っ!知らないうちに犯罪者なんて嫌ーっ!


 領主様との面会日の数日前から雨が降り続いていて、面会日当日になっても雨は止まなかった。町はうっすらと霞がかっていて、私達一家は領主の城からやってきた馬車に乗り込んだ。家のある通りから大通りへ出て、北へと進む。店が多く立ち並ぶ町の中心部を通り抜けると、左手に海が見える。今日の海はどんよりとした泥水色だ。右手には市が立つ中央広場が見えた。そのまま海沿いの道を北へ進むと、領主様のお城に着く。馬車なんてなくても歩ける距離だ。お城の敷地に入り、城の入り口に馬車が止まると、召し使いが外から馬車のドアを開けてくれる。


 わお。至れり尽くせり!お嬢様にでもなった気分だ。


 「カティア様とご家族の皆様、ようこそお越し下さいました。こちらへどうぞ。」


 案内人の後ろに私達が続く。私達は階段を上がり、二階にある一室へと通された。中に入ると窓の前に大きな執務机が一台あり、その机の前には来客用のソファーが、コーヒーテーブルを囲むように並んでいる。領主というからには、お金持ちで贅沢な生活をしているイメージだったが、この部屋だけ見ると、殺風景で壁に絵画のひとつさえ掛かっていない。執務机もコーヒーテーブルも木製のシンプルな物で、グレーのソファーもどこの家庭にあってもおかしくなさそうな物だ。領主はまだいない。


 「ラステム様はすぐに参りますので、お座りになってお待ち下さい。」


 案内人がそう言って退室する。


 ……領主様ってどんな人何だろう?まだ若い、て誰か言ってたっけ?領主なんて高貴な人に会える機会なんて、人生初だよ!


 私達はソファーに腰掛けた。私達しかいないのに、全員どことなく緊張していて、誰も何も話さない。母さんは胸に手を当てながら何度も「ふう……」と深呼吸して心を落ち着けようとしている。


 カチャ……


 私達が入ってきたのではない、執務机の横にあるドアが開いた。


 そこにもドアがあったのかーー!てか、不意討ちすぎない?てっきり私達の使ったドアから入ってくると思ってたのに。


 「いやぁ、お待たせして申し訳ありません。雨の中、よくおいで下さいました。」


 入ってきたのは、長い髭が印象的で、とてもフレンドリーかつ優しそうな中年男性だ。歳は五十代半ば。この人が領主なのだろうか?私達に歩みより、握手を求めて差し伸べてきた手を取らず、父さんと母さんはその場で跪く。その二人に続いてナディームも跪き、ルドミラも深々と頭を下げてカーテシーで挨拶する。みんなするから私もする。うん、間違ってないはず。


 「本日はお呼びにあずかり大変光栄でございます。」


 跪く父さんの声を聞きながら「ああ、やっぱりこの人が領主様なんだ」と悟った。領主様は跪く父さんと目線が同じになるようにしゃがみこんで「止めてください」と笑顔で言った。


 ……なんか……ものすごい良い人そう。


 初対面でそう思った。領主というからには、偉丈夫を想像していたのに、実際会ってみると人懐っこそうで温和なおじ様だ。なんとなく日本史の教科書で見た白髭の伊藤博文を思い出した。


 ……けど痩せてる……。病気の関係?それとも、元々細い体型なのかな。


 「君がカティアだね。」


 急に名前を呼ばれてハッとした。


 「は、初めてお目にかかります。カティアです。」


 私は緊張のあまり「以後お見知りおきを」て良い忘れた。あれだけ最初の挨拶は家で練習したのに。父さんの顔に「馬鹿者が」と書いてるのが見える。


 「しっかりしたお嬢さんだ。」


 私達は一通り自己紹介した後、ソファーに座った。領主様は目配せひとつで側近の者達に指示を出している。なんだか、すごい。


 「突然驚かせてしまったでしょう。今日は大切なお話があってお越しいただきました。カティアのことについてです。」


 私達は息を飲んだ。大切な話?私のこと?


 「どこから申し上げたらいいでしょうか……。」


 領主様は頭の中で一つひとつ慎重に言葉を選んでいる。


 「これは相談というよりは、私のお願いになります。カティアを私の養女としてお譲りいただきたいのです。」


 ええええええええーー?何っ?この展開?!

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