021 偉い人に会った日
リーツェスが去った後、私は社会の授業の続きを受け、昼食を食べ、その後の算数の時間は図書室へ行った。校舎の北側に面して、日が当たらない図書室はひんやり涼しい。私は本棚の間を行ったり来たりして、興味を引く本があるかどうか見て回るけど、今日はリーツェスのことがどうしても気になって、のんびり座って読書する気にはなれないのだ。あの魔力が体内を暴走する感覚がやけに身体に染みついて私から離れない。まるで自分の体が悪魔に支配されているような感覚だった。
……ふぅ……
私は息を吐くと、図書室の一番奥の本棚に行って、そこに座り込んだ。ここなら図書室の入り口からは死角になる。私は魔力遊びをして気を紛らわせることにした。
自分の前に辞書ぐらい重たい本を立てて、魔力を使った風圧で本を倒す遊びだ。魔力を放つと虹色の光が指先から放たれて、風が本をパタリと倒す。魔力は本当に不思議で綺麗だ。自分にこんな力があることがいまだに信じられない。私は床に倒れた本を見ながら、さらに風を送る。本は風に押されて、さらに遠くへ動いていく。
……綺麗な光……
そんな遊びを続けていると、図書室に誰かが入ってくる足音が聞こえてきた。きっとナディームだ。この時間に図書室に入ってくるのはナディームしかいない。
「カティア……?そんな奥で何してるの?」
私を見つけたナディームは、不思議そうな目で私を見た。
「ん~……魔力遊び。」
私が返事すると、こんな誰に見られるかわからないような所で魔力を使ったらいけない、と注意された。
「魔力って結構便利だよ。私、魔力で風を起こせるようになったんだ。見てて、見てて。」
私はさっき一人でしたように本を目の前に立てて、魔力を放ち、風圧で本を倒した。そしてナディームに向かって魔力を放ち、そよ風を送る。
「暑い日は、こうして風を送ることもできるよ。涼しい?」
ナディームが虹色の光に包まれる。風で髪がサラサラ揺れている。
「こんなこと……いつの間にできるようになったんだい?」
「魔虫の体液の染みが消えるまでの間、あまりにも家で暇だったから、こうして魔力遊びしてたの。」
魔力で遊ぶなんて非常識だなぁ、と呆れながらナディームは床に倒れている本を拾いあげた。そして私の様子を見ながら「何かあった?」と心配そうに尋ねた。この何でも表情に出てしまう子供っぽさを呪いたい。
……どうせ話さないといけないとは思ってたけどさ。
「ナディームは兵士の総指揮をしてる人、知ってる?」
「ああ、顔はわかるよ。名前はえーっと……何だっけな……」
「リーツェス……で合ってる?」
「そうそう、リーツェス様!」
思い出せなかった名前を口にして、ナディームは清々しそうだ。
「そのリーツェス様がさっき私に会いに来たよ。魔虫に遭遇した少女の見舞いだって。」
「へえ……。」
ナディームはそこまで驚いていない。この町では魔虫や魔獣に遭ったら兵士が見舞う風習でもあるのだろうか。
「なーんか気になるんだ……。怪我もしてないのにお偉いさんがわざわざ見舞いに来るものかな?」
「珍しい大型のしかも強力な魔虫だったし、それでじゃない?」
「そうなのかなぁ……。」
私は帰り道でも、リーツェスのことが何となく気にかかり、腑に落ちない顔をしていた。今日ルドミラは友達と帰るので、ナディームと二人で帰る。学校を出て、公園の中を歩いていると視界に何か動く物が入った。その正体は、足元をちょろちょろ動く小さなトカゲだった。私は周囲に誰もいないことを確認して、フワッと魔力を放った。それからトカゲを手にのせて持ち上げた。
「ナディーム、これは魔虫?」
「バルマッハだよ。よくいる小型の魔虫で、噛まれても高熱が数日続くだけで死にはしない。カティア、これを清浄してどうするつもり?」
「川の近くに逃がしてあげるの。小型の魔虫でも見つかったら始末されちゃうでしょ?」
「え?逃がしてどうするんだ?」
「川上に行って、町の外へ逃げて行ってくれることを祈ってる。殺されるのは可哀想だから。」
できることなら自然界で戻って欲しい。人間の手で殺されるのではなく、自然な形で命を終えて欲しいのだ。橋を渡って、トカゲを放つ私を、ナディームは不可解そうな顔で見ていた。
「魔虫は殺さないと。どうせ魔虫や魔獣に傷つけられたらまた人間の害になる。」
ここでは魔虫や魔獣は人間にとって害だから抹殺、という考え方が当たり前らしい。私はそれには納得できなかった。人間は自然と共に生きなければ。
夕食の時、私は学校にリーツェスが学校に来たことを話した。母さんは「領主様は全ての民に対して、温かいお心遣いをくださるのね」と領主をべた褒めしていて、ルドミラは「カティアは偉い人に会ったのよ」とリーツェスがどれだけ高位な人かを教えてくれる。今日は仕事が休みだった父さんだけは無反応で何も言わなかった。
夕食の後、私の部屋に珍しく父さんが入ってきた。なんだか元気がないような気がする。
「父さん……どうかしたの?」
私が首を傾げると、父さんは黒い封筒を差し出した。封筒の宛名には『カティアとその保護者様へ』とあった。書き慣れた綺麗な文字が並んでいる。
「カティア。領主様からだ。お前に会いたいそうだ。」
はい?領主様からお呼びだし?
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