018 復帰

 私の魔力遊びは暇潰しから趣味の領域へ達しようとしていた。なかなか面白いのだ。最初はただ光で遊ぶだけだったけど、遊び始めたら、虹色の光を荒れ吹く風のように操れるし、光の明るさの調節もできる。熱くしたり、冷気のように冷たくすることもできる。空は飛べないし、日本に帰ることも出来ないけど、魔力を清浄化すること以外に使う可能性を見出だしたくなってきた。


 ……色々できるようになって、また魔虫に遭遇してもナディームを守れるようになれたらいいな。


 本音を言えば、もう二度と魔虫になんか遭いたくないけど、この世界に生きてる以上、遭う可能性は拭えないのだ。それだったら、虫を殺したり、傷つけたりしない程度に攻撃できて、清浄化して、周りの人を守れるぐらいの力があったらいいな、と思う。


 ……その前に、大きな魔虫を目の当たりにしても腰を抜かさないような鉄の精神が欲しいけど。


 魔力の練習はマラソンに似ている。最初は五キロが難しくても毎日走っていると走れるようになるのと同じで、魔力も扱えば扱うほど、その扱いに慣れてくる。最初は抑えることさえ難しく感じていたのに、三日もすれば自分の意思のままに扱えるようになるのだ。


 ……この調子だと、いつでも学校に復帰できそう。


 魔力の垂れ流しは自分の意思で完璧に抑えれるようになった。相変わらず、虫の体液の染みは完全に消えていないけど。


 肌の染みが完全に消えて、私が学校に復帰できたのは魔虫騒動からちょうど二週間後の晴れた日だった。朝、家を出る時になかなか母さんが手を離してくれなくて大変だった。あの一件で一番トラウマになってるのは母さんではないかとさえ思う。


 ……大丈夫だよ、母さん。次は腰抜かさずに、魔力使って、ちゃんと身の安全確保するから!


 心の中で母さんに「心配いらないからね」と言って、私から母さんの手を離した。「行ってきます」と笑顔を向ける。まだ不安な表情を浮かべたまま、強がって笑う母さんの愛情が痛いほど伝わってきた。


 ナディームとルドミラと私の三人で歩き慣れた通学路を進む。二週間ずっと家か家の庭にいたので外を歩くのは気持ちいい。日もさらに長くなってきて、前まで真っ暗だった登校時間も明るくなってきている。この重くて分厚い上着ももうすぐ必要ないぐらい寒さも和らいでいる。


 橋に差しかかった。嫌でも思い出す二週間前の記憶。少し体が強張ったけど、思っていたほど足は竦まなかった。ルドミラは魔虫の話題を避けつつも、私の様子を何度も窺っていて、心配してくれているのがわかった。


 学校に着くと、事情を知っているらしいオクサーナ先生、アーテム、クラスメイト達の視線がとても痛かった……。


 「おはようございます、オクサーナ先生。ご心配をおかけしました。」

 「おはようございます、カティア。無事な姿を見て安心しましたよ。」


 私は笑顔で返事をし、席に座る。まだ始業ベルが鳴っていないので、周りのクラスメイトの興味の的だ。


 「カティア、大丈夫?」

 「魔虫に遭ったんだって?怖かった?」

 「魔虫倒したのか?」

 「魔虫ってどんなのなんだ?おいら見たことねえんだ。」


 オクサーナ先生は遠慮も配慮もなく興味本意で魔虫の件を話す子供達に少し呆れながらも、私の回答に聞き耳を立てている。先生も興味が無い訳ではないのだろう。


 「うん、大丈夫だよ。大きい虫だったけど、怪我もしなかったから。兵士が来て助けてくれたの。」


 今日は一時間目が算数なので、私は図書館に行ける。二週間前に中断した領主一族についての本があったら読みたい。時間があれば魔力遊びもしよう、と私は頭の中で予定を組み立てる。始業ベルが鳴ったので、私は図書室へ向かった。図書室には相変わらずナディームがいて、私にニコッと笑いかける。私も笑顔を返す。


 ……ええーっと……領主一族に関しての本はこの辺りかな?


 数冊のそれらしき本を抱えてテーブルへ向かう。一冊目の本の目次を開くとドンピシャだった。領主一族の歴史が時代を追って書いていそうだ。


 ……えーっと、どれどれ……。


 領主一族はベルリオーズ家というようだ。ベルリオーズ家が紀元前からこの地を治め、町を築き、民を守ってきたらしい。一族の血が途切れたことは一度もないようだ。


 ……紀元前から一族の血が途切れてないって凄くない?!


 町を築き、海賊や海外からの侵略から幾度となく町を守ったのもベルリオーズ家だ。時代の流れとともに町の上下水道システムをいち早く取り入れたり、ガスや電気、廃棄物処理など近代システムを築いて、民にとってより住みやすい環境を整えた。雇用も然り。単純に言えば、この町は領主一族への忠誠心で成り立っていると言っても過言ではなさそうな印象を受けた。


 ……確かに、住民視点で町を支えてきた一族なんだね。みんなに慕われるわけだよ。


 ちなみに、この町のプロフィール欄も見てみる。人口は約五千人。西側に海、東側には山々が連なる港町。


 ……なるほどを海側が西なのね。その海って大西洋?いや、地中海とか別の海の可能性もあるか……。


 数百年前に書かれたこの町の地図も載っているのだが、この町の位置の手がかりになるようなものは見当たらない。少し広範囲の地図も載っているが、どこがどこなのか検討もつかない。


 ……まずここってヨーロッパ?それすら断定しちゃうのは危険かな?あ、けどこの陸地とこことこれを繋げたら北欧っぽい?まず地図の上が北で下が南ってのは大前提としてあるのかな?


 まず地図の見方が知りたい。それから町の西側の海の名前が知りたい。ここに迷い混んでしまった私は、地理的な情報だけでも手に入れたいと思わずにはいられなかった。もう日本に帰る希望は捨てたはずなのに。


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