017 魔力増量中

 魔虫に遭遇して1週間が経った。私はまだ学校に復帰していない。実はもう精神的には落ち着いて、そろそろ外に出たい気分なのだが、魔虫の体液の染みがなかなか消えてくれないのだ。今の私の見た目は、まるで体と顔に大火傷を負ったかのような痛々しい姿。勿論、体液を浴びた箇所は染みになっているだけなので、痛くも痒くもないんだけど。体についた染みは服やスカーフで隠せるが、一番体液を浴びた顔だけは隠せない。少しずつ薄くなってきているのはわかるので、あと1週間もすれば完全に消えると思うが、それまでは外出なんてできない、と母さんは過保護に私を家に縛る。ちなみにナディームは1日も休まず、翌日からまた普通に学校に通っている。


 ……ナディーム、温和で優しいのに、実は鉄の精神力を持ってたんだ。マジ逞しいよ。


 魔虫に遭遇してから、1つ困ったこともできた。また魔力が扱えなくなったのだ。魔力量が増えたのか何なのか、体内の魔力の巡りが良すぎて制御しきれない。挙げ句の果てに、何もしていないのに、手先が虹色に光ったりする始末。この魔力を四六時中ずっと制御し続けるのは大量に体力を消耗するので、母さんとルドミラがいる所では必死に抑えて、ひとりで自室にいる時は気を抜いて、ダラッと垂れ流し状態にしている。


 ……これ、早急にナディームに要相談案件ね。


 魔力絶賛増量中につき、私は自室に籠る時間が増えた。母さんはそんな私をとても心配しているようで、私の大好きなジャムを練り込んだクッキーを焼いては、部屋に持ってきてくれた。


 ……こんなに甘いクッキー食べたら、魔力だけじゃなくて体重までも増量しちゃうのでは……?


 体重も心配にはなってるけど、母さんのクッキーが美味しすぎるので、食べる。……クッキーに罪はないもん。


 私は午後、ナディームが学校から帰ってきてから、緊急相談案件を持ちかけることにした。私がナディームの部屋をノックすると、中から「どうぞ」という声がする。ドアを開けて「ナディーム……ちょっといい?」と聞くと、ナディームはいつもの柔和な笑顔で「どうしたんだい?」と快く私を部屋に招き入れてくれた。私がナディームのベッドにポンと座ると、ナディームは宿題の手を止めて私に向き直った。


 「どうした?」

 「緊急の相談が……」

 「……というと?」

 「ま、魔力が制御できなくなっちゃいました……。」

 「は?」


 入学前、あれだけ私の魔力制御の練習に付き合ってくれたのに、こんなことになって申し訳なさすぎる。母さんやルドミラの前では必死に抑えているけど、何もしないとこんな感じなのです、と垂れ流し状態の魔力を見せてみる。まるで体から湯気が立っているように虹色のオーラが私の輪郭を包む。続けて私は、魔虫に遭遇してから魔力が増えたような感じがしていることを付け足した。それを聞いてナディームは呆れたように「はぁあ~~」と吐ききれる限りの大きな溜め息を吐いた。


 「す、すいません……」


 思わず謝罪が口から溢れる。


 「いや、カティアが悪いんじゃないんだよ。予想した通りのことが、そのまま起こって、やっぱり、と思っただけだよ。」

 「予想した通り?」

 「ああ。この1週間、あの魔虫のことを調べてみたんだ。あの魔虫は伝説とか幻の魔虫と呼ばれているダルゴスだ。存在するかどうかも定かではなかった。」


 ……ああ、ツチノコみたいなのか。本当にいるの?的な……。


 今回、存在することだけは証明されたけど……とナディームは付け足した。


 「伝説的な魔虫と呼ばれるには理由があるんだ。調べたところ、ダルゴスの体液には魔力を増強する効果があるらしい。しかも、かなり強力に……。勿論、存在も疑われていた訳だから、これは噂でしかなかったわけなんだけど。」


……うん。ドンピシャだ、その噂。


 納得せずにはいられなかった。魔虫の体液を思いっきり浴びたのだ。そして、それから魔力が増えたような感覚を覚え始めたのだから。噂の真偽を、今回私が身をもって立証したようなものだ。


 「数百年前には、魔力持ち達がより強力な魔力を手に入れようと、躍起になって探したという記録も見かけた。それで闘争が起こったこともあったようだ。」

 「つまり……私はたまたまあの魔虫に遭遇してしまって、たまたま体液を浴びてしまって、偶然にも魔力が増強してしまったと……?」

 「……大方、正解だと思う。」


 ……私、とんでもなく数奇な運命の持ち主じゃない?


 訳もわからず未来に転生して、転生してみたら魔力があって、しかも幻の魔虫に遭遇したら偶然にも体液浴びて魔力が増強されたって……。


 ……この運命、誰かにお譲りしたい……。


 「で、ナディーム様。私のこの魔力、どうしたらいいのでしょう?やっぱり練習でしょうか……?」


 恐る恐るナディームの目を見る。ナディームは嫌味っぽくニッと笑った。


 「そうだね、カティア。抑え方はもう知ってるんだから、あとは慣れるだけだよ。頑張って。」


 ……ここに鬼がいたっ!できるまで自主練しまくれ、て言う鬼がっ!!


 私は自室に戻ってひとりで魔力遊びを始めた。手に魔力を溜めて光らせたり、その光の塊を風船のように宙にぽーんと放ったり、その虹色の光をピカッと輝かせたり……。


 ……魔力って色んなこと出来るんじゃん!今まで気付かなかったけど。


 夜、ランプがなくても魔力を光らせて本を読んだりできそうだし、考えたら他にも色々と使い道があるかもしれない。空とか飛べたりしないかな?火とか出せたら寒い火も暖を取れたりしない?魔力が増えたことで、私の夢は膨らんだ。


 ……ナディームに内緒で魔力の扱いを完璧にマスターして、ビックリさせてやるっ!

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