013 この町の領主

 いつも通り学校から帰り、部屋で宿題をする。こっちの文字ももう完璧に覚えたけど、まだまだ語彙が少ないのが歯痒い。ナディームの本を読みたくても、語彙の乏しい私にはまだ簡単な本しか読めないのだ。


 ……語彙は焦らず頑張っていくしかないね。


 うしっ、と気合いを入れると、一階から母さんの声がする。夕飯の時間だ。今日、父さんは仕事で泊まりなので、ナディームとルドミラと母さんと四人で食卓を囲む。


 「今日、学校帰りに聞いたんだけど、ラステム様が病床に臥せってるんだって。あんまりよくないみたい。」

 「あら、その噂なら母さんも聞いたわ。」

 「そういえば学校でも少し話している人がいたな……。」


 ……ん?ラステム様?誰それ?


 知り合いか親戚の話なのだろうか。いや親戚を様付けでは呼ばないか。有名人?それとも、この国の大統領?王様?話についていけてない私を他所に、母さんとルドミラとナディームは三人だけで話を続けている。


 「けど病状が良くない、というのは初耳だな。」

 「なんとか良くなって頂きたいものね。この町はあの方がいないと……。」

 「……ね、ねえ!そのラステム様って誰?」


 置いてきぼりは嫌だ。私も会話に入りたい。せめて、誰のことを話しているのか教えてもらわなくては。私は急いで会話に割って入った。


「この町を治めている領主様よ。」


 母さんが優しく教えてくれる。すぐに納得はできた。たくさんの人間が住んでいる町なんだから町を率いるリーダーはいて当然だ。そのラステム様が病で臥せっている。噂ではもう長くはないらしい。私にはあまり関係のない人の話だから、私の生活にも何も影響なんかないだろうと思って聞いていたら、実はこの町の一大事らしい。


 「ラステム様がいないと、この町はきっと滅びて無くなってしまうわ。あの方が、この町を守って下さってるんだもの。それにしても一大事ね……ラステム様には子供がいたかしら?後継者がすぐ立つのかしらね……?」


 ラステム様は子供がいないらしい。もしかしたら内々で後継者を育成されてるのかもしれないけれど、一般市民には知らされるはずもない。


 「その……領主様は選挙で選ばれたりはしないの?」


 子供がいないから新しい後継者が立たないなんて、随分と古風な仕組みに思えた。候補者を募って投票したらいいだけなのではいけないのだろうか。


 「カティア。あなたはまだ小さくて教育が足りてないから許されるけど、領主様一族は敬うべき存在よ。ずっと昔からあの一族が今までずっとこの町と民を守ってきたの。」

 「カティア、後で僕の部屋においでよ。この町の歴史の本が何冊かあるから読むといい。領主様一族の功績とかも載ってたはずだよ。」


 私の知らないラステム様とその一族は市民から人気があるらしい。普通、リーダーになる人はあまり民から親しまれていない存在なことが多いのに、この町は違うようだ。民から慕われてるリーダー、っていいな。


 夕食の後、早速ナディームの部屋にお邪魔した。ナディームはまた「えーっと……どこだっけな……」とブツブツ言いながら本を探し始める。私はナディームから少し離れた床に座る。また本の生き埋めは御免だ。「……確かこのへんに……」と独り言を続けるナディームを見ながら、この大量の本を少しは整理整頓したらいいのに……なんて思った。ナディームに睨まれそうなので、口には出さないけど。


 「これこれ。はい、カティア。」


 手渡されたのは、表紙に大きく『ベルスデーツェル』と書かれた少し分厚めの本だった。私は初めて、この町が『ベルスデーツェル』と呼ばれていることを知って、それだけのことでこの町への心の距離が埋まった。暖炉の点いたナディームの温かい部屋の床に座りながら、本の最初のページを捲ってみる。


 「えっと……ベルスデーツェルは紀元前二〇〇〇年~三〇〇〇年ほど前には人類の形跡が見つかっており……」


 わからない単語はナディームに聞きながら読み進める。この町ってかなり古い町なんだ。町には旧石器時代に作られたとみられる巨大な石でできたお墓も残っているそうだ。今度見に行きたい。


 「ナディーム……。今って西暦何年?」

 「今?えーっと……もう年号なんて気にする人いないからな……。たぶん……四〇〇〇年はまだ先のはずだから……三五〇〇年ぐらいじゃない?」

 「えーーーっっっ!!!」


 ここは、まさかの未来だった。


 ……てか、まだ四〇〇〇年じゃないから三五〇〇年ぐらいって感覚、大雑把すぎない?……けど……そうか……ここは未来なのか。


 はっきり言って全然未来っぽくない。むしろ昭和なような古臭い感じだ。平成生まれの私に、昭和の古くささなんて正直わからないけれど、親から聞いたことのある「テレビが出来る前」や「インターネットができる前」であったり「スマホが普及する前」のようなテクノロジーの少ない時代に近いと思っていた。私の想像してた未来は超ハイテクな世界で、ロボットが沢山動き回っていて、建物や風景がすごく無機質な世界。こんなエコでテクノロジーなんて皆無の世界、想像してなかった。むしろ、何がどうなって、こんな貧相な世界になってしまったんだろう……。私がショックを受けている横で、「もう誰も年号の話なんかしない」とか「年号なんてどうでもいいことだろう」とナディームは年号を尋ねた私を不思議そうに見た。


 「海に面しているため、この地に侵略を試みる海賊や他国勢力との交戦が幾度となくあった。有名なのは西暦一二六三年のスリー・シスターズの戦い……」


 この町の歴史を読み進めると、どんどん興味が湧いてきた。何より異世界かと疑っていたこの世界が、私の住んでいた世界と同じようだとわかって嬉しくなった。


 ナディームから本を借りて自室へ戻ってからも、私はランプに明かりを灯して、この町の歴史を読み続けた。ナディームがいないと単語が難しくてなかなか読み進められない。その上、肝心の領主様一族に関する記述が全く出てこない。別の本に書いてあるのだろうか。町の知識は少しばかり増えたけど、領主一族の情報は増えなかった。


 ……明日、学校でオクサーナ先生に聞いてみようかな?

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