009 入学
私はあの日から魔力を扱えるようになった。熱を出した翌日は丸一日寝込んだけれど、その後も練習を重ね、魔力を抑えるのは完璧にマスターしたのだ。ちなみに対象物に触っていない状態でも、体内の魔力の流れを意識して、手先に魔力を集めることもできるようになった。そこで魔力を放出せず、手先に集まった魔力を留めると手先がぼんやり虹色に光る。
……ふふん、私だってやればデキる子なのよん。
手先に現れるぼんやりとした虹色の光を眺めると、私自身が魔力持ちなんだと嫌でも思い知らされた。ジオヴァーニとのことは、なかなかチャンスが巡ってこず、いまだに話せていない。
そして今日は学校へ入学する日だ。
はっきり言って、憂鬱で仕方がない。せっかく日本で頑張って大学まで進学したというのに、また幼児からスタートだなんて……。飛び級制度とか存在しないのかな……。もしくは、テストに合格したら、もう学校に来なくていい、とか?そんなことを考えながら、ナディームとルドミラと一緒に登校準備をする。
「カティア。入学おめでとう。登下校は必ずナディームかルドミラと一緒だぞ。」
「はぁい。」
「絶対に一人で歩かないように。」
「はぁい。」
「カティアが学校に行く歳になって、母さんも何だか誇らしいわ。しっかりお勉強して、お友達とは仲良くね。」
「はーい。」
「先生の言うことはしっかり聞くのよ。」
「はぁーい。」
やる気のない返事しか出ない。ルドミラに急かされて、私はマスクを首に巻いて、上着を着た。鞄の中には母さんが作ってくれた昼食のサンドイッチとアルミ缶みたいな水筒だけが入っている。
「行ってきまーす。」
両親は玄関先で私達三人を見送ってくれた。母さんは目尻に少しだけ涙が光っていた。
この世界では入学式というものがないらしい。教科書やノート、筆記用具は全て学校から貸し出されるので、学校に持っていくものは弁当と水筒だけでいいのだとか。ランドセルに大量の教科書とノートやら時にはピアニカや絵の具セットなど持っていっていた十年前が懐かしい。
「カティア。毎日ルドミラがカティアを教室まで連れていくことになってるからね。帰りは僕がカティアの教室まで迎えに行くから、必ず教室で待っているように。勝手に一人で教室の外へ出てはいけないよ。いいかい?」
ナディームの言葉に私は「はいはぁい」と頷いた。少し過保護だと思うが、他の子供たちも、最初の二、三年は年上の兄姉か保護者が教室まで送り迎えするのがこの世界では当たり前のようだ。勿論、私の場合は魔力持ちということで、ナディームが特別に警戒しているのだとは思うけど。
まだまだ冬の寒さが続く中、私たちは通学路を進む。住宅地を抜け、橋を渡って、さらに歩き、公園を抜ける。前に見たレンガ造りの建物が近づいてきた。校門をくぐると思わず「はぁ」と大きなため息が漏れた。もう逃げられない。学校内に入ると、ルドミラに連れられて、一年生の教室へ行く。ナディームは既に自分の教室へ行ってしまった。
「ここが一年生の教室よ。」
学校は各学年一クラスずつしかない。教室では、黒板の側に教師用の机があり、三十代ぐらいの女性が立ったまま、筆記用具や教科書の準備をしていた。この人が先生なのだろう。黒いトップスに黒いロングスカート。漆黒の髪を丁寧に後ろに結い上げている。髪を下ろしていて、厚化粧をしたら絶対にアダムスファミリーのモーティシアだと思う。それぐらい黒ずくめだ。
「おはようございます、オクサーナ先生。妹のカティアです。よろしくお願いします。」
「あら、ルドミラには妹がいたのね。カティア、オクサーナです。宜しくね。カティアはナディーム似かしら。ルドミラ似かしら。ふふっ」
「先生、ナディームと比べるのは厳しすぎます!」
ルドミラはぷぅと口を尖らせて拗ねてみせた。察するにナディームは秀才で、ルドミラは勉強が苦手らしい。私はどちらかな、とからかわれているのだ。オクサーナ先生は黒ずくめの印象とはうって変わって、とても優しそうな話し方で、けど大人っぽい芯の強そうな声に私は好感を持った。
……秀才のナディームと比べられるの?なんか、一番はじめからハードル上げられてない?
「とりあえず、好きな席に座ってください。まだ全員ではありませんから。」
私はルドミラに手を振ると、窓側の席に座った。ルドミラは小走りで自分の教室へ行ってしまった。ぐるりと回りを見ると私を入れて十人ぐらい子供がいた。みんな少し緊張している様子で、誰とも喋らずにただキョロキョロしたり、先生を見たりしている。そうこうしてると、あと数人クラスに入ってきた子供がいて、チャイムが鳴った。キーンコーンカーンコーン……。
……ウケる!チャイムの音、日本の小学校と同じっ!チャイムの音って万国共通なの?
チャイムに吹き出しそうになる私を他所に、オクサーナ先生が話し始める。
「みなさん、ご入学おめでとうございます。私は担任なオクサーナです。それから後方に立っているのが教師補佐のアーテム。どうぞ宜しくお願いしますね。」
チラリと後ろを振り返ると、教室の後方に笑顔の中年男性が立っている。四十代後半ぐらいだろうか。口髭が生えていて、優しそうなおじちゃん、といった印象だ。オクサーナ先生が続ける。
「今年の新入生は十四人。例年より少し多いですね。みんな仲良くしましょう。それから……」
先生は、大気計と魔力計の位置をおしえたくれたり、大気計と魔力計が警戒値に近付くと校内アナウンスが流れること、そうなったらすぐにマスクをして下校することなど説明してくれた。この町には四つの学校があり、子供たちは自宅から十分以内で帰れる学校に通うのが決まりだそうだ。
一通り自己紹介やオリエンテーションが終わると早速授業が始まった。一番最初は国語。字を覚える授業だ。そして算数。五歳対象なので一から十まで数えてみましょう、みたいな内容でげんなりした。字はまだ日本語と違うし、言葉も覚えなきゃいけないから我慢出来ても、算数は本気で辛い。これから、これが毎日続くのかと考えるだけで涙が出そうだ。
意外にも、興味深い授業がないわけではなかった。この世界や町のしくみを知る社会の授業だ。
「海や川の水は危ないのに、水道の水が飲めるのはなぜでしょう?」
という問いかけから始まった。学んだところによると、水は水道局的な所で魔力持ちによって清浄化されてから人々の住まいに提供されるしくみらしい。魔力持ちがいなければ、きれいな水は供給されないなんて、魔力持ちすごいじゃん!
水だけではない。野菜や果物を育てている農場やグリーンハウスの土も全て魔力持ちによって清浄化されているそうだ。先生は川や海、湖の水や、土は危険なので触らないように、と言った。また虫や動物も迂闊に触ってはいけないと付け足した。魔虫や魔獣に襲われると、毒が体内に入り、死に至ることがあるそうだ。身の回りの危険を教えることが、この世界の義務教育では最優先項目なのだろう。
社会の授業は、この世界のことを学ぶという点では、とても役に立ちそうだ。
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