007 ナディームとの散歩2

 「この前のことを覚えているだろう?」


 いきなり本題だ。私が何となく避け、隠し、できればなかったことにしたいと思っていた猫の一件。私はゴクリと喉を鳴らして、ゆっくり頷いた。


 「…………たぶん……カティアには魔力がある。」


 ……はぃ??魔力??いきなり何の話?!


 「普通、魔力は遺伝するから、魔力を持たない親から魔力持ちが生まれる可能性はないんだ。けど稀に、突然変異で魔力持ちが現れることがある。」


 ナディームは平気で魔力だとか魔力持ちだとか言うけれど、この世界はって魔力やら魔法やらが普通に存在するファンタジーの世界なのだろうか。


 「あの猫の目は、魔獣か魔虫に傷つけられたんだろう……。カティアの魔力に助けられなければ、あの日のうちに死んでいたはずだ……。」


 頭の中がまた混乱する。こっちに来てから、脳内混乱頻度が高すぎる。私の頭の中は、絶賛荒れ狂っている。


 ……けど、これってもしかしたら朗報かもよ?魔法使ったら日本に帰れるかも……?


 「ナディーム……魔法使いって本当にいるの?私がその魔法使いだって言うの?おとぎ話に出てくるような?」

 「魔法使い……か。」


 ナディームは、私の幼稚な表現に苦笑いする。


 「物語に出てくるような、どんな願いも魔法で叶えるようなものではないよ。魔力持ちは汚染されたものを清浄化したり癒したりする力のことなんだ。そういう人達のことを魔力持ちと呼んでいる。この町にもいるんだよ。時々、石のついた指輪やネックレスをしている人を見るだろう?石付きの装飾品は魔力持ちの印だ。」


 ……あ。市に行った時、アクセサリーしてる人見た気がする。けど石付いてたっけ?そこまでしっかり見なかったよ!


 「ここからが大事なんだ、カティア。」


 その声に私は顔を上げた。


 「魔力持ちは将来、町のために重要な職務につくことになる。魔力持ちとして仕事を始めるまで、カティアは危険なんだ。魔力持ちという理由で、誘拐されたり、妬みを買ったり、恩を着せられたりする可能性がある。」


 魔力持ちの子供を拐って自分の子にしたり、恩を売って、将来は金品を搾り取ったり、と魔力持ちの子はトラブルに巻き込まれやすいらしい。……ゴクッと息を飲んだ。


 「だから、人前で絶対に魔力は使わないようにしないといけない。」

 「ナディーム……魔力を使うな、て……私は使い方も何もわからないよ?この前の猫だって、勝手に起こったんだもん……。」

 「だから僕とここで練習するんだ。」

 「……練習?」


 私が魔力を抑えれるようになるまで、練習に付き合ってくれる、とナディームは言った。そして私を川縁へ誘う。


 「川の水は汚染されてるから、川縁の花は比較的汚染度が高い。魔力を持たない人間でも触れるぐらいの汚染度だけどね。カティア、この花に軽く触ってごらん。」


 私は川のすぐ横に咲いていた真紅の小さな花に触れる。力は全く入れていない。ただ触れているだけだ。すると手からまた虹色の光のヴェールが現れ、真紅の花は淡い桃色になった。


 「わわっ……っ!」


 自分の手から出た光と、花の色が変わったことに驚きの声を上げた。これは、汚染された花を魔力で清浄化した、ということだろうか。


 「次は、こっちの花だ。これに触れて、色を変えないようにできるかい?」


 そう指差された花は、私が触れるとパッと淡い桃色に変わった。失敗だ。まず意識せずに魔力を使っているわけではないので、どのように抑えるのか見当も立たない。花は次から次に真紅から桃色へ変わる。


 「かなり難しいんだな。僕がコツとかやり方を教えてあげれたらいいんだけど……。僕には魔力がないから、やり方はわからない。これはカティアが自分で習得する他ないんだ。」


 何をどうしても花は桃色に変わるばかりだ。暗中模索とはこの事である。コツどころか、やり方をさえもわからないのだ。そして花の色が桃色に変わる度に、ふらっと目眩が襲う。二十個ぐらいの花を桃色にした頃だろうか。私は目眩がひどくなってきた。ひどい車酔いしたみたいに頭がフワフワして、気分が悪い。


 「ナディーム……今日はこのぐらいで帰らない?私、頭がくらくらして……」


 その場にしゃがみこんだ。何かを思い出したようにナディームが駆け寄ってくる。


 「そうだった……。魔力を使うと体への負担が大きいんだ。気にせずカティアに無理をさせてしまったね。今日はもう帰ろうか。」

 「ナディーム……。父さんと母さんとルドミラは、私が魔力持ちだって知ってるの?」


 家に帰る前にナディームに尋ねた。「外で何してたの?」とでも聞かれたら、何て答えればいいだろう。


 「知ってるのは父さんだけだ。準備が整ったら母さんとルドミラにも話す。けど準備が結構大変なんだ。」


 ナディームは「準備」とだけ言って、詳しくは教えてくれなかった。ナディームにも魔力のことは知らないことだらけで、最近は魔力持ちについての本を夜遅くまで読んで勉強中なのだそうだ。


 「学校入学まであと二週間か……。それまでに必ず魔力を抑えれるように頑張ろう、カティア。」


 この世界のことを調べる気満々だったのに、その前に自分の魔力の抑え方や魔力持ちについて勉強しなければならなさそうだ。課題が増えていく……。ずーん……。


 家に帰ると父さんが「おかえり」と声をかけて、ナディームに目線を遣った。ナディームは「ただいま」と言って笑ったが、すぐ寂しそうに目線を下へ向けた。「やっぱり魔力を抑えるのは一朝一夕でできないよ」と語るエメラルドグリーンの目を見上げて、私は少し気合いが入った。今日は気分が悪くなっちゃったけど、明日か明後日にはマスターしてやるんだから!ナディームを安心させるからね!そして、この世界の調査を再開するんだ!

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